福井から妻籠宿へ4日目・3(写真は全て2015年10月21日撮影)
妻籠宿
妻籠宿(つまごじゅく)は、中山道42番目の宿場(→中山道六十九次)で、現在は長野県木曽郡南木曽町。蘭川(あららぎがわ)東岸に位置する。
妻籠宿(つまごじゅく)は、中山道42番目の宿場(→中山道六十九次)で、現在は長野県木曽郡南木曽町。蘭川(あららぎがわ)東岸に位置する。




隣接する馬籠宿(岐阜県中津川市)と、馬籠峠を越える旧中山道史蹟と合わせて木曽路を代表する観光名所として名高い。
経済成長に伴い全国の伝統的な町並みが姿を消してゆく中、いち早く地域を挙げて景観保全活動に取り組んだことが評価され、1976年、国の重要伝統的建造物群保存地区の最初の選定地の一つに選ばれた。

↑ 上嵯峨屋(カミサガヤ 有形文化財)とは ↓

この建物は昭和44年の解体復元によって18世紀中期の木賃宿(きちんやど)であることがわかりました。
江戸時代(1603?1868)、江戸(東京)と京の都(京都)を結ぶ重要な街道、中山道にいくつもあった宿場町の1つ妻籠宿(つまごじゅく)にある、最も古い建物の1つ。
18世紀中期に建てられたものとされ、町の指定有形文化財に指定されている。1969年に解体復元さたれたが、木造平屋建てで、切妻(山形の形状をした屋根)、平入り(大棟と平行な面に出入り口がある)、板葺石置き(屋根に石を敷きつめてある)、軒が低いなど、江戸時代の木賃宿(きちんやど)の建築形式を良くとどめている。



木賃宿とは、薪代程度で宿泊でき、自炊をしなければならない粗末な安宿のことを指し、一方、食事つきの宿は旅籠(はたご)と呼ばれた。上嵯峨屋では、旅人が集ったであろう囲炉裏(いろり)のある板敷きの部屋など、庶民が泊まったであろう当時の雰囲気がうかがえる。






建築当初の形式をよくとどめ庶民の旅籠としての雰囲気をうかがうことができます。「木賃宿」とは、江戸時代初めの庶民の旅は自分で米を蒸して乾燥させた糒(ほしいい)という今でいうインスタント食品を持参して、宿で湯を沸かして戻して食べたのですが、その薪代が宿代になったので付けられたものです。
