国際医療センター
婦人科 腫瘍科での
5年間の定期検診を卒業して
4月で
一年っか(´ー`*)
月日早く感じる。
卵巣(左)癌宣告された時は
他人事のようだった…。
医師からは
内診では癌ではないと思う。
が、CT‐PET検査結果は
癌の疑いだと…。
(確かにピコピコ光ってるな………。ぐらいにしか…)
けど
こんな私でも
日に日に恐怖が沸き上がり
ど黒い感情も。
夫に八つ当たりもしたし。
神様いねーな。とも思ったし。
ただ
両親には平気な振りはしてたな。
夫にも…できる限りは…。
1人になる時
洗面所、お風呂やトイレ、ベッド、、、
涙目になることもあったし。
悟られないように。
が、気づいて欲しい気持ちもあったけど。^^;^^;^^;
面倒くせー(苦笑)
なにより
自分自身に。
恐怖はもちろんあるが…
手術?…やるわ!やらないと死ぬんでしょ。
やるとなれば開き直って強気に出る私(笑)
あまり他人に弱音を見せたくないから。
が、宣告受けた時は
医師の前で涙目に。
泣くまい!と思っていても
ショックの感情は隠せないものね
身体も震えてたし^^;
医師にはバレたとは思う。
開腹手術してやっぱり
癌だった場合の説明受けたけど
母と私はボーと心ここに在らずで頭に入らず
「悪性ってなに?なんだろう?」と、
しばらく分からなかった。
分かろうとしなかったのかな?
拒否してたのかしらね^^;
宣告受けた病院帰りに
電気屋で掃除機買っちゃうぐらいだし。
病院から出て夫にすぐに電話し伝え
心配した夫は
私よりも先に会社から帰宅してた。
どこに行ってたの?💦💦と心配されたな。
実家にいなかったのバレてたし。
後日の二回目は
入院手術する為の説明やら事前検査やら
それから再度(医師には二度手間だが)、
夫と父にも詳しく説明してもらう。
夫と父にも同席してもらい
4人で聞いたけど
父でも動揺し
立ちくらみして…ショック受けてた。
尊敬する父だったけど
娘の2度目の?病気にはヘナヘナに。
中学3年の受検時に白血病の疑いもあり…
即入院するために病室確保され(入院しなかったけど)
骨髄検査をしたりして
骨髄穿刺(マルク)
ぶっ太い針を腰に刺されても
看護師の手をこれでもかってくらい強く握ったくせに
平気なフリ(笑)
バレバレだけど強いね!と慰められた(笑)
あれさ、しばらく痛かったわ。
数年も。
検査結果は白血病ではなく
生理の出血が多くて重度の貧血と診断される。
座り込んだ父も聞いていたけど
夫も
動揺しながらも
俺がちゃんと聞かなくちゃ。
と思いながら聞いていたよう。
夫の後日談。
こういう時は本当に心強い。
女心疎い夫だけど。
話聞いてるんだが聞いてないんだが
分からないとイライラすること度々(苦笑)
院内のスタバのラウンジで
悪性なら全摘する。
子ども諦める。と
夫と両親に伝えた。
だってまだ死にたくないから。
夫には申し訳なかったけど
私の命を優先し
夫と一緒にいたかったから
悪性なら全摘すると署名した。
実験材料に提供するとも。
が!
病理検査は
漿液性境界悪性腫瘍の名はついたけど
抗がん剤なし、薬なしでの
5年間の定期検診。
腫瘍マーカー高いけど
私の体質との事。
体質だと言われても…気になるけどね…(´-`)
一児の母になってから、尚ね。
なによりも
術後3年後に息子を出産
できた奇跡
に感謝しかない。
よって!
先日、サテライト(腫瘍)外来
1年定期検診。
生命を大切したいから。
ドキッとされること言われたけど
前回のポツリにて。
なんとかなる!そう信じる。
血液検査の結果早く知りたい(✘﹏✘ა)
ちなみに、夫も聞いた覚えないようだ^^;
夫が言うんだから間違いないだろうな。
健康第一!
体内活性化の為にも
スポーツジム再開しました。
ただ…走り込み出来ず。
5分が限界だった


5分から慣らし
10分、15分、20分、30分、60分~と
慣らしながら
走り込めれば良いな(๑¯∇¯๑)
体力つけなくては。
来月あたりから取り戻せれたら理想だ。
ウォーキング
50早すぎて40がちょうどいいって
目指せ50~60だな。
走り込みは70~80で40~50分かな。
ま、
足を痛めたくないし
ほどほどに頑張るぜ٩(🔥▽🔥)۶
ではでは*˙︶˙*)ノ"
優衣