1180年(治承4年)8月23日、石橋山の戦いで討死した頼朝方の先鋒の佐奈田与一義忠を祀っている。与一は持病の痰のため、味方からの呼びかけに対し声が出せず、そうこうしているうちに敵に討たれてしまったという言い伝えから、咳・声・のどに霊験があるとされ、芸能関係者も数多く参詣する[2]。例祭は毎月23日。与一の命日である8月23日には大祭が行われる[3]。 与一が敵方の俣野景久を組み伏せた畑は「ねじり畑」として残り、作物が全てねじれてしまうという言い伝えがある[4]。この南方の丘の上には、与一の討死後8人を討ち取り散った家臣(与一の爺や)文三家康を祀る「文三堂」が建てられている[5]。
吾妻鏡によると、1190年(建久元年)、源頼朝は伊豆山権現参詣の帰りに境内の与一塚に立ち寄り、涙を流したと言う [6]。文三堂と与一塚は、1954年に県の史跡に指定された[7]。
本堂には、戦の無事を祈った奉納額や、古戦場から発掘された刀などが奉納されている[6]。境内には、1986年に柏木学園により「湘南そろばん塚」[8]、2005年には江戸消防記念会の石碑[9]が建立されている。
日本で唯一の霊社(神仏共同)
神社でもありお寺でもある。
前回の喘息発作の緊急搬送で、喘息死のリスクが高く、毎日呼吸ができない、溺れてるような感覚で生きてるわたしを心配して、温泉宿を予約し、レンタカーで連れて行ってくれた。
和尚さんがとても素敵な方で、お経を読んでくれ、ほんの小さな日常が幸せなんだと教えてくれた。
神仏なんて、、って思っても不思議なことが現実になると言うお話。
線香の煙でヒューヒューいうわたしが一切咳き込むこともなく、、、
源頼朝の直筆の手紙が残り
神仏分離の時に、唯一分離されなかった佐奈田神社
素敵な場所と和尚さんとの出会いに感謝です。



