今日は3歳の誕生日。
ファースト音入れからは8カ月と2日。セカンドからは1か月と9日。
難聴がわかってから、両耳になって落ち着くまで、
例えるなら、その日々は
娘に心臓マッサージをし続けるように
言葉をかけ続ける、そんな毎日でした。
事故だったら、親の責任にならないのかしら・・・
疲れすぎたときは、いろんなことが
頭をよぎりましたが、周囲の支えや、協力なしには
ここまでたどりつけませんでした。
いま、効果が感じられ、あと数年で娘と会話ができそうというのが
現実になるように思われ、ほんの少しだけ、安堵しています。
音声理解語は目標にしていた500語(健聴の目安の半分)を少し超えました。
2語文理解も進んでいます。
発語はその3分の1程度。数はあまり増えないですが
音節はじわじわあい始めています。
口パクみたいな空気音みたいな発音は改善されつつも
引き続きあり、気になるところです。
これがあると自分の声がせっかく発語していても聞こえないので
モヤモヤしちゃいます。
「大きい声でね」というと言います。
今、誰にでも伝わる言葉は
ママ、パパ、バイバイ、ブッブー(違うの意味)、ニャー、じいじ、ばあば、はんぶんこ
ありがとう→ありが
あぶない→あぶ
私見ですが、先に手術したお子さんに聞いたり、みなさんのブログを見ると
10カ月くらいから変わりだしたという方が多いように思います。
まだまだガマンの日々ですが
娘もよいところに目を向けて、いい言葉をたくさん聞かせたいなと
思います。それが母の目標です。
3歳の発達はと調べていたら、面白そうなサイト見つけました。
http://www.might-project.com/child-care/aim/for-3/list.html
他にもこんなことを書いてあるサイトも
https://cuta.jp/7864
3歳児の動作の発達は、特に指先の発達が目に見えてきます。
《できるようになってくる指先の動作》
■箸をつかって食事をする
■洋服のボタンをはずす、とめる
■はさみを使って紙を切る
…上のような指先を使う動作は「言葉の発達」とつながりが深いものです。実は言葉の発達をつかさどる脳の隣に指先の動きをつかさどる脳があるので、言葉が遅いと指先の細かい動作が苦手になります。
なので「言葉も遅いし、指先も不器用だし…」と心配になるかもしれませんが、言葉の発達とともに指先の動作もできるようになっていきます。
言葉と同様、できないからといって焦る必要はありませんし、無理やり練習する必要もありません。
だそうです。
この原理でいくと、手先を器用にさせておくと、言葉も伸びていくという逆説がなりたち
そうですがどうでしょうか?
最近、ハサミは角度を変えながら、小さなものも切り取れるようになりました。
(シルバニアの小さなカタログの写真を3センチ四方くらいをきれいに切り取ります。
淵が気になれば細く切り落とします。)
短絡的なのは承知ですが、娘の言語発達が順調な部類だと(言われています)考えると、
思うところありました。
うちは、難聴がわかってから、とにかく言葉以外の面も発達させようと、思い切りやらせてきました。そしてしつけ全般も自分でできるようにしていきました。
(ボタンつけ(敢えてボタンのあるパジャマを購入)、靴テープ、家事全般のお手伝い、
とにかく自分のことをできる限り自分でさせました)
それが聞こえるようになってから、助けになると思ったからです。
できないことが多いと、その動作をすることに気がいきますし、言葉をきくどころじゃないと
思ったからです。親も、言葉がけをしながら、しつけもとなると結構大変ですよね。
難聴関連の本でも、「しつけが大事、聞こえないからといって甘やかしてはいけない」
(厳しくするという意味ではないと思います) と書いてありました。
聞こえるようになる前にできることはいくらでもある!ということです。
泣いたら、前を向きましょう、また泣いて、怒って、それでも
前を向きましょうということです。子どものためです。
私は先輩パパ・ママさんのブログを参考にさせてもらって
療育に活かさせてもらってます。
難聴児はこうしている間にもどんどん生れてきます。
自分の療育も、どなたかのお役に立てればと思います。
娘も幼児の領域になり、私の元・幼稚園教諭の経験も
活かすことができるでしょう。
そういうものが、少しでも、お役に立てればと思います。
まだ、この子、育てがいあるね、とは思えませんが
だんだん、そうなっていくかもしれません。
その情熱は2号ちゃん(2人目)を諦めさせてくれそうです。
今、授かっても、2号ちゃんも難聴だった場合、就学のころに私は40代半ば。。
もう一度このプロセス。。。
もうジジババちゃんの協力も年齢的に難しいでしょう。
私の体力的に難しいかなぁ、、と最近思い始めました。
旦那さんは乗り気でないので、おそらく、我が家の家族計画はこれにて
終了か・・姉になる娘も姿は見てみたかったですがね。。。
晩婚を選んだ(別にそれまで誰にもプロポーズされてないけど、笑)自分に
責任を持たないといけませんかね。。
自分は育てたいというよりも、何もわからなかった初妊婦生活、出産を
もう一度体験したいんだろうな、という自己分析に至りました。
それは、おなかにいるときから難聴かもと思いつつ、
検査に通り、安心してしまった自分への後悔、娘への懺悔です。
昨日はプロフェッショナルでコウノトリのモデルの産婦人科の先生の特集してて
泣きまくりでした。自分も緊急帝王切開だったので、余計に。
自分はリスク妊婦なんだなぁと思うと、娘を残して
死ぬようなことはあってはいけないなぁと。
だからこそ、2号ちゃんを授かるママがまぶしい。
なんでも協力したい気持ちです。
色々逸れましたが、3歳も娘と一緒に優しい言葉を紡ぎながら
過ごしていきたいと思います。
ママをもっと成長させてね。
ママってたくさん呼んでくれて
ありがとう。
ママのところに生まれてきてくれて、ありがとう。
神様からの授かりもの、あなたを大事に育てます。
ファースト音入れからは8カ月と2日。セカンドからは1か月と9日。
難聴がわかってから、両耳になって落ち着くまで、
例えるなら、その日々は
娘に心臓マッサージをし続けるように
言葉をかけ続ける、そんな毎日でした。
事故だったら、親の責任にならないのかしら・・・
疲れすぎたときは、いろんなことが
頭をよぎりましたが、周囲の支えや、協力なしには
ここまでたどりつけませんでした。
いま、効果が感じられ、あと数年で娘と会話ができそうというのが
現実になるように思われ、ほんの少しだけ、安堵しています。
音声理解語は目標にしていた500語(健聴の目安の半分)を少し超えました。
2語文理解も進んでいます。
発語はその3分の1程度。数はあまり増えないですが
音節はじわじわあい始めています。
口パクみたいな空気音みたいな発音は改善されつつも
引き続きあり、気になるところです。
これがあると自分の声がせっかく発語していても聞こえないので
モヤモヤしちゃいます。
「大きい声でね」というと言います。
今、誰にでも伝わる言葉は
ママ、パパ、バイバイ、ブッブー(違うの意味)、ニャー、じいじ、ばあば、はんぶんこ
ありがとう→ありが
あぶない→あぶ
私見ですが、先に手術したお子さんに聞いたり、みなさんのブログを見ると
10カ月くらいから変わりだしたという方が多いように思います。
まだまだガマンの日々ですが
娘もよいところに目を向けて、いい言葉をたくさん聞かせたいなと
思います。それが母の目標です。
3歳の発達はと調べていたら、面白そうなサイト見つけました。
http://www.might-project.com/child-care/aim/for-3/list.html
他にもこんなことを書いてあるサイトも
https://cuta.jp/7864
3歳児の動作の発達は、特に指先の発達が目に見えてきます。
《できるようになってくる指先の動作》
■箸をつかって食事をする
■洋服のボタンをはずす、とめる
■はさみを使って紙を切る
…上のような指先を使う動作は「言葉の発達」とつながりが深いものです。実は言葉の発達をつかさどる脳の隣に指先の動きをつかさどる脳があるので、言葉が遅いと指先の細かい動作が苦手になります。
なので「言葉も遅いし、指先も不器用だし…」と心配になるかもしれませんが、言葉の発達とともに指先の動作もできるようになっていきます。
言葉と同様、できないからといって焦る必要はありませんし、無理やり練習する必要もありません。
だそうです。
この原理でいくと、手先を器用にさせておくと、言葉も伸びていくという逆説がなりたち
そうですがどうでしょうか?
最近、ハサミは角度を変えながら、小さなものも切り取れるようになりました。
(シルバニアの小さなカタログの写真を3センチ四方くらいをきれいに切り取ります。
淵が気になれば細く切り落とします。)
短絡的なのは承知ですが、娘の言語発達が順調な部類だと(言われています)考えると、
思うところありました。
うちは、難聴がわかってから、とにかく言葉以外の面も発達させようと、思い切りやらせてきました。そしてしつけ全般も自分でできるようにしていきました。
(ボタンつけ(敢えてボタンのあるパジャマを購入)、靴テープ、家事全般のお手伝い、
とにかく自分のことをできる限り自分でさせました)
それが聞こえるようになってから、助けになると思ったからです。
できないことが多いと、その動作をすることに気がいきますし、言葉をきくどころじゃないと
思ったからです。親も、言葉がけをしながら、しつけもとなると結構大変ですよね。
難聴関連の本でも、「しつけが大事、聞こえないからといって甘やかしてはいけない」
(厳しくするという意味ではないと思います) と書いてありました。
聞こえるようになる前にできることはいくらでもある!ということです。
泣いたら、前を向きましょう、また泣いて、怒って、それでも
前を向きましょうということです。子どものためです。
私は先輩パパ・ママさんのブログを参考にさせてもらって
療育に活かさせてもらってます。
難聴児はこうしている間にもどんどん生れてきます。
自分の療育も、どなたかのお役に立てればと思います。
娘も幼児の領域になり、私の元・幼稚園教諭の経験も
活かすことができるでしょう。
そういうものが、少しでも、お役に立てればと思います。
まだ、この子、育てがいあるね、とは思えませんが
だんだん、そうなっていくかもしれません。
その情熱は2号ちゃん(2人目)を諦めさせてくれそうです。
今、授かっても、2号ちゃんも難聴だった場合、就学のころに私は40代半ば。。
もう一度このプロセス。。。
もうジジババちゃんの協力も年齢的に難しいでしょう。
私の体力的に難しいかなぁ、、と最近思い始めました。
旦那さんは乗り気でないので、おそらく、我が家の家族計画はこれにて
終了か・・姉になる娘も姿は見てみたかったですがね。。。
晩婚を選んだ(別にそれまで誰にもプロポーズされてないけど、笑)自分に
責任を持たないといけませんかね。。
自分は育てたいというよりも、何もわからなかった初妊婦生活、出産を
もう一度体験したいんだろうな、という自己分析に至りました。
それは、おなかにいるときから難聴かもと思いつつ、
検査に通り、安心してしまった自分への後悔、娘への懺悔です。
昨日はプロフェッショナルでコウノトリのモデルの産婦人科の先生の特集してて
泣きまくりでした。自分も緊急帝王切開だったので、余計に。
自分はリスク妊婦なんだなぁと思うと、娘を残して
死ぬようなことはあってはいけないなぁと。
だからこそ、2号ちゃんを授かるママがまぶしい。
なんでも協力したい気持ちです。
色々逸れましたが、3歳も娘と一緒に優しい言葉を紡ぎながら
過ごしていきたいと思います。
ママをもっと成長させてね。
ママってたくさん呼んでくれて
ありがとう。
ママのところに生まれてきてくれて、ありがとう。
神様からの授かりもの、あなたを大事に育てます。
