来年度から、2歳児クラスになるので、様子をみて、必要があれば声を上げていきたいと思います。

あ~~、モンペまっしぐらだなぁ・・・・みなさんのように、賢い、用意周到な親になりたいものです。

①医療側の考えでは、人工内耳後、手話は使わないのが望ましいとされているが、
手話を使わないクラスはなぜ、公立では作れないのか?


②幼稚園でインテすると、療育先が病院しかないので、幼稚園インテ組の
きこえの教室を新設してほしい。
(住んでいる市は、最初の聴力で療育先を決められてしまいます。なので、ろう学校から
療育センターに移れるのは、定員オーバーのようで至難の業です。)

③先生のピアノが下手すぎるっ!!!!!!!

④学校にお知らせで来る、耳関係のイベントを掲示して知らせてほしい
(貼ってもらわなくても、自分で探していきますが、、、そういうことする時間のない
ご家庭もあります)

⑤個別の内容の中身が薄すぎる。もっと声を出させるような個別をお願いしたい。

です。もっとあるけど~~~(笑)

①は幼稚園からインテすれば、我が家には関係ないことですが、国立の筑波ろう学校と、町田の日本聾唖学校しか、完全口話の学校がない(と思うのですが)のは、やはりおかしなことで
メスが入れられるべきことだと考えています。

誰もが、よいインテ先が確保できるとは限らないわけですから。

②こういう市は珍しいようですが、人工内耳の低年齢化が進む中、幼稚園からインテは十分ありえる
わけで、療育の空白期間があるのは、どうなんでしょうか?

どんなところでも、いろんな人(先生)がいると思います。

けれど、あと1年、娘に丁寧に関わり続け、インテしたいのが本音です。

ろう学校のベテラン先生はインテ可能だと(我が家はもうすぐ両耳になるので、なおさらインテした方がよいとのことでした。そういう覚悟で所と)

一方、病院のSTは幼稚園は幼稚部押し。病院の先生は、インテと言うか、口話押し。

以前STに「お母さんも入園に間に合わないのはわかりますよね?」みたいなことを
STに言われて、その時は自分もそう思っていたけれど、今はなんとかなりそうな気がする。。。
さてさて。。私次第ですね。

一つは娘の性格上、ろう学校ではお山の大将になりそうです。いろんな人と、人数的にも多くのお子さんと関わって成長してもらいたいです。ろう学校の性質が、家族的というんでしょか。。

二つ目は先生の質。
素晴らしい先生がいる一方で、惰性で教師をしていると見受けられる人もいます。
もし惰性だとしても、保護者にはそれを悟られないようにするのが、プロだと思います。

先日テレビで人工内耳が取り上げられたとき
クラスの先生も同じセミナーに参加していて、テレビで取り上げられることを知っていました。
しかし、、、、放送次の日「先生、ご覧になりましたか?」と聞くと
「忘れちゃった。(⌒▽⌒)アハハ!」
でした。

呆れてものが言えません。言い方もあるでしょうが。。言葉を選べ~~~~!
しょせん、他人事なんだな、、と。

地域開放している公立の保育園の看護師さんは、お伝えすると
「もう録画予約しておいたからね!」と声をかけてくださいました。
向上心の問題です。はい。

娘は学校で始めて、ABのネプチューン装用者。
最初につけた時、「見せて、見せて」みたいな感じでした。
でも特に何か質問されるわけでもなく。

なのに!!!今度同じABにする子がその旨を伝えたら
「ケーブルが長くて邪魔だよ~~~」と反対されたそうな・・・・
おいおいっ。授業中に、邪魔になったことなんてないでしょ!!!
しかも親同士ツーカーなの、わかりきってるのに、そういうこと言えてしまう
無神経さ。。。

それによく考えると学校が、特定のメーカーを否定するのは
よくないことですよね。。。なんの権限があって・・・
それを鵜呑みにする保護者だっているわけですから。

娘の病院の先生は言ってました。
メーカーを3社から選べないほうがおかしい。
効果は同じ。
少しでも成績がよいメーカーがあれば
そこを勧める、と。

あ~~、4月から移動してほしい(笑)
フォローしておくと、元気なのは長所な先生ですが。

今、インテしたいと考えている幼稚園。
主任の先生は、難聴児を受け持った経験があり
各クラスに一人は、個別や、療育センターと連携しているような
お子さんがいる。キリスト教で来るもの、拒まずのようです。
加配は約束できないけど、補助はついて、密に保護者との連絡も取る。
ロジャーとか、いろんな配慮もできるかぎりする。

園庭も、うちの地域の中では、結構広くて、元気な娘にピッタリ。
壁も可動式でない。幼稚園も可動式、結構あります。
私の勤めていた園もそうだった。。

何よりも印象に残った言葉は
「うちは預かり保育がない。(バスもない)だから先生達に余裕がある」と。
ほんとに心強く思いました。

まだ他も当たってみますが、ここよりよいところはなさそうです。

同じ小学校に上がるであろう子はほとんどいないのが一番のネックですが。
ここを解決できるように、折り合いがつけられるようにするのが課題です。

ああ、聞こえているか、いないかでこんなにも進学先が左右される。。。
その現実に、少しづつ近づいています。

微力でも一歩ずつ、必要だと思うことを、冷静に伝えて改善していけたらと思います。
みなさんのブログをみて、本当にそう思います。

娘の難聴がわかってから読んだ本に書いてありました。

「自分の家さえよければという思いでいたら、難聴児の世界はいつまで
たっても(100年たっても?)よくなりません」

どんなことでもそうですが、マイノリティの世界はほんとにそうだと思います。

それを読んだとき、物いう親になろうと決めました。

社会に対してはそう。

一方でこどもにはこういう気持ちを大事にしようと思っています。

「大切なことは、どれだけしたかではなく、どれだけ心を込めたかです」

マザーテレサの言葉です。

とはいえ、量も大事よ、テレサさん、というのが今の本音なのですが(笑)

お母さんと、あんなこと、こんなことして、楽しかったな~。そういう思いが
強く生きていく力になってくれたらなぁと思います。

親も先に死んじゃうし、たぶん一人っ子だし。
こどもに何を残してあげられるだろう。。最近ふと考えます。

今日、移り変わる天気をみながら、こどもとお庭でご飯を食べて
せな けいこ さんの「じゃんけんぽん」を読みながら
お天気の話をして、こどもが「アンアンアン(じゃんけんぽん)」と話し。。

なんて贅沢な時間なんだろう。。そう思いました。