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過食にならず拒食的食生活が4~5年、10~11年、20~21年、24~25年もの長い間続いた人でも、コントロールできなくなって”過食”が始まる可能性はゼロじゃないんだということです。
恐ろしいこと言って!!なんなの!!うちの子が怯えてるじゃない!!!と怒る人もいるのは知っています。
この記事はタイトル通り
”拒食ダイエットを始めてから
どれくらいで過食になりましたか?”
という質問についてですが、拒食ダイエットの意味は「全く食べないダイエット」という意味ではありません。拒食症の人だって、”まったく”食べないダイエットなどしている人など殆どいないからです。
摂取カロリーや量を減らすダイエット、野菜を大量に食べるダイエット、炭水化物を減らすダイエット、脂質を減らすダイエット、など含めて、拒食的ダイエット、と呼んでいます。
そのうえで、皆さんの解答はこれ。

*あくまでもこの表は、ここ一年以内にステップあやの個人セッションにいらした方方の中で過食を経験した方ではだいたいこのような分布になっている、ということなので病院のデータなどではありません。
大抵の人は、ダイエット開始後、1か月以内、2~3か月以内、3~4か月以内、4~5か月以内、半年~1年以内など早い段階で過食が始まっている人が全体の68%、次に2~3年以内だった人が17.33%、となっているのですが
なのに、なぜこんなことをいうか。
私が拒食だったころも、過食嘔吐だったころ、低栄養状態がどんなに体に悪いかとか、どんなに命に係わる危険なことか、などと言われても、一ミリも心に響かなかったし、だから食べようなんて思えなかったから。
健康を犠牲にしても
命を犠牲にしても
それでも痩せていたいんだよ!
って考えになってるところに、健康や命の危険の話なんて何にもならなかったんだよ。
痩せたいからやってるんだほっとてくれ!と思いながらも、「痩せると信じた安心な食事をする自由を求め、それと同時に手に入れる孤独を手に入れる生活」に絶望もしていた。
太ると死にたくなるから痩せば安心と信じてダイエット中心生活してたけど、だからこそ、”痩せることしかない自分”にどんどん磨きがかかり、
ダイエットに心の状態を大きく振り回される苦しみも、ダイエットの努力すればするほど大きくなった。
しまいには、
そんな苦しい気持ちでいるのが
=人生だ、という間違った認識になり
それが「ふつうのこと」だと思うようになった。
そんなツライ生活が生きてる限り続くのかと思うと、”死んでいく人がうらやましくなる””生きること止めたくなる”となった。
だんだんコントロールできなくなる過食衝動も、私にもやってきたけど、それは私がどんなに自分の体を虐待しても命を守ろうと頑張ってくれている脳(体)の働きによるものだとは、まったく知らずに、ただただ、自分の意志の弱さや卑しさと結び付けて、自分を責めて、今すぐ死んでしまいたくなった。
やり方は言えないけど、死ぬことは、何度も実行したよ。
何度も失敗した。
そんな自分を心配してくれる人は、いなかった。
…ココはもう泣けてくるので、あえてここでは文章にしないけど。
過食に悩まされるようになっても、しつこく「痩せることだけを杖に立ち直ろう」と、しつこくしつこくダイエットに執着してきたよ。
”痩せれば安心”、それさえあれば、私は大丈夫なんだからって。
そのためだけに、人との温かいつながりも、本当の意味で自信をつけ自分を好きになる時間やチャンスも、お金も時間も、全部全部犠牲にしてダイエット中心に生きてきた。
そんな生活を続けて、
それで出来上がった私は、、、
・文字通り、痩せた体を失ったら「何もない」(気がする)自分自身
・文字通り寒天と葉野菜ばかり食べてバカみたいに運動してても小太りという省エネ体質の体
・普通に食べて、お腹一一杯になってご馳走様、の感覚が分からない狂った食欲(←過食嘔吐の時も、衝動が落ち着いて拒食になった時も)
今日も最後まで読んでくれてありがとう!
・どんな自分でも安心できる人間関係ゼロ
・体型がどうなっても変わらない自信ゼロ
そんな私だった。
そういう人生の不安を、また、痩せることで解決しようとしていたのが摂食障害の回復期に入る前の進行期だったと思う。
そんなわけで、自分には痩せることしかない(気がする)病気の辛さは良く知っている。
でもだからこそ、痩せることを唯一の杖にするのは、私は「今のところはそれでいい」としても、一生それでいいといって病気で居続ける選択は応援しない。
痩せることしかないのなら、痩せること以外に沢山の杖を作っていくことが、回復だ。今の心のまま、ただ、食べて太るだけじゃない。
その作業は、いったん作り上げたグラグラ不安定な家をぶち壊して、土台の基礎から作りなおしていくような地道な作業に感じるかもしれない。
だから私も、そんな大変なこと難しい。難しいからできない。やらない。ってなってたけど、ほんとうは時間がかかったって、それをしていくことはできるし。「痩せることしかない私」を続ける終わりなき苦しみと違って、終わりがある苦しみなんだよ。
「痩せて安心」だけを頼りにして生きる事で自分がどれだけ、沢山のものを失い、辛い思いをしてきたか、自分に辛さに気づいてあげてほしい。
そして、「痩せる安心しかない」という不安定なやり方で安定しする病気で居続ける辛さは頑張って耐えても終わりがないけど、治すための辛さは、時間がかかっても簡単ではなくても、終わりがある可能性のある苦しみなんだということを、信じられなくても、信じてみたいと思ってほしい。
…と”私は”思うから、不安を煽るようなこと言うなとか、痩せることしかないのに酷いじゃないか、とか、体験者の癖に、カウンセラーの癖に、などという人の意見があるのは知っているけど、私は私の想うことを、私のブログに書く。
最終的には、どんな人生もその人の人生だから、その人が決めることだと思っているので、必要としてない人に話しかけて説得しようなんてはしないけどもね。
と言っても、治す過程では、過食も痩せることに依存する心も、治してる途中なんだからそこにあるのは当たり前、症状とは付き合いながら治して(最終的には症状がなくても他に支えが一杯ある自分になって)いけばいいんだよ、とも書いている。
ということについては、
前も紹介してるけどこの辺。
↓↓
それでも
こう↓↓言ってくる人もいると思う。
上記対する拒食症の方の返信がこれ
↓
痩せたいんだっていうけど
心を紐解いていくと
痩せることが欲しいのではなくて…
痩せたら手に入ると思ってる何か、別のこと。摂食障害の”痩せたい”に隠されている本心は別のとこにあるはあず。
‥と、私は思っています。
今日も最後まで読んでくれてありがとう!
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