
ダイエットがうまくいって
痩せてたあの頃に戻りたい。
ダイエットする前の
普通に食べることが
できてたあの頃に戻りたい。
コントロールできない痩せたいキモチや拒食や過食に振り回される生活に疲れてきたときや、無理なダイエットで痩せられなくなってきたときは、こんな風に思うかもしれません。
でもね、違うんだよー。
あの頃もその昔も、ずうっと苦しい生き方してたはずなの。
摂食障害やダイエット依存の正体は、
心に穴をあけながら生きてきた結果、痩せることや過食の一時的な快感に頼らないと、ココロのバランスが保てないほどココロがボロボロになってるよ~っていってるココロとカラダの悲鳴
なんだよ。
痩せさえすれば妙~な自信にあふれた頃は幸せだったような気がするけれど、それを維持できなきゃ地獄って恐怖と背中合わせのそれは、幸せっていわない。
いつもいってるけど、それはココロの穴の痛さを一時的に誤魔化すための麻薬的効果しかないニセの快楽です。
ニセの快楽をいつまでどこまで追い求めていても、一生付きまとう苦しみは終わらないの。
この病気《依存》になると
”痩せればハッピー”
(痩せなくて幸せなんてありえない)
って思ってしまうんだけど、でも実はそうじゃない。
問題は、
痩せた体や過食の快感(優越感・安心感)に頼ってないとバランスがとれなくなっちゃった穴だらけの心のほうなのです。
どうしてそこまで苦しくなっちゃったんだろ?
ポイントはココ、こっちのほうなんですよ。
私もいつのまにか
心が穴だらけになってしました(涙)
その結果以下のような生きづらさが「当たり前」になっていました。
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・自分の価値を信じることができなくなった
→人を信じることができなくなった。こんな自分にちかづくなんて、ワタシを利用しようとしてるんだろうとしか考えられない
→友情も愛情もウソにきこえる。ココロにしみてこない
→いつも寂しくて、紛らわすために自分を粗末にするような行動をする (過食嘔吐、無理なダイエット、 恋愛依存、セックス依存、アルコール依存の 依存行為に走る人もいます)
→自分がもっと嫌いになる
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・人にも嫌われやしないかとビクビクしてNOがいえない。
→自分の限界をはっきり誇示できない
→仕事や雑用、自分に必要のない 人間関係を抱え込むんでパニックになる。あるいは、求められている内容(仕事なら指示・依頼内容)が理解できたか自信がなくても、相手の気を害することを恐れ納得いくまで聞き返すことを恐れる
→これでいいのか?と不安、緊張、恐怖などストレスを感じながらやる
→でも指示の内容を聞き返さず、理解できてないから 苦しい思いしてやったわりに評価が低かったり、トラブルになる
→一生懸命やってるのにストレスばっかり
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・世間の常識、親の価値観をそのまま自分に押し付け、自分を良い悪いと裁いて 自分の心身に無理をさせる。
たとえば、本当は限界でも「これ位でこうしたら甘えだ」って自分のキャパ以上にやるとする。
ホントはやりたくなくても「甘えになっちゃうのはいや」と自分に押し付ける。
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こんなやり方してたらストレス溜まるはずでした(汗)
症状が悪化して限界超えて苦しくなってサボっちゃって、そんな自分を甘えてると思ってたけど、実はそうではなくて、苦しい頑張り方ばかりしてきた結果、ココロが果ててしまったからだったんです。
どんな強い人でもあれだけ心が疲れれば、頑張れなくなります。
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・食に関しても食べる?っ 誘われたらNOといえない (言えてもなぜか罪悪感)
→ダイエットしたい気持ちとグチャグチャになってあとで一人で無理なダイエットしてその反動で過食。
または、食べてしまった罪悪感から逃れようと言う気持ちから過食。
あるいは、「明日からダイエットすればいいから 今日は食べられるだけたべちゃえ」って過食。
そのうち、最初から人と食事に行かなくなる。
→孤立の寂しさから余計に辛さを伴うダイエットや過食の快感があんなに辛いのにもかかわらず 自分を癒す唯一の手段になっていく
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・人を”選ぶ”よりも
人に”選ばれるかどうかが全て
→人にどう思われるかを中心に選ぶから、自分が本当にやりたいことを選べない、だから続かない。またはやりたくない事をやらねば!という強迫観念で心身が疲労
→好きな事をしてるわけじゃないから「ワタシはこれでいいーの」っていう自信が持てない。
→周りの評価に過剰に反応して ハイになったり、必要以上に傷ついてぐらぐら。
・他人にどう思われるか(嫌われないように、不快に思わせないように) 世間一般の価値観(親の価値観)を自分におしつけていきてきたから、 自分はどうしたいのかがわからない。
→だから本当に欲しいものを選べない
(仕事も勉強も、趣味も友達も彼氏も)
→満たされない
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★人の評価が気になるから人にわかりやすい”結果”しかみなくなる
→結果を求めて急ぐからすトレス
結果がよくないとストレス
→結果にたどり着くまでの過程を 楽しむことができない。
人生勝負に勝ち続ける事はできないので、結果に振り回されて
ハイ OR ロー の人生。
★こんなに辛くなっても他人に”甘えてる思われたくないから”辛い気持ちを大事な人にも伝えられなくなる。
・・・・ストレスです。
→辛さを伴う”ニセ快楽”がないと心のバランスが取れなくなっちゃう
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書き出したらきりがないですが。。
結局いつもこう”しなければ”って頭でばっかりで、こう”したい”っていうココロが置き去りになってたんです。
その結果、あらゆることに関して人の評価が気になって、自分のココロをさらに置き去りにするようになりました。
あらゆることに関して
質を大切にすることが
できなくなっていました。
だからね、
ダイエット依存や
摂食障害が治るということは
病気になる”前”にただ戻るのではなく、
辛い生き方をしていたあの頃よりも
ずっとずっと楽に生きられるようになるということなのです。
こうしたココロの穴ができた背景はいくつか記事としてかいたけど、
遺伝的な要因や
(生まれつきの気質や脳の機能)
社会要因
(風潮、メディアの刷り込み)
家庭や学校の環境(親の不仲や、過干渉、無関心、イジメなど色々)
など、
色々なことが
色々なふうに重なってできた心の傷があるから。
自分がダメだから生きづらいんじゃないよ。
どうすれば楽に生きられるかわからなかった中で
あなたの脳が身を守るために必死に
生きる術としてたくさん集めてきた考え方だったはずなの。
ただ、
原因まで深くつっこんでややこしくしなくても、
現在の心の穴に気づいて
それを楽にできるならそれでもいいよ。
ただ、どうしても
自分ばかり責めてしまう人は
ずっと、
ワタシが弱いから、
ワタシが甘えてるから、って
自分ばかりを責めてきたぶん
どうしてこうなったのか、
環境や出来事との関わりを知り
自分以外の人、物、社会のせいだ!
自分一人のせいじゃないんだ!
ってココロを楽にしてあげていいとおもいます。
↑
これを「人のせいにしてる」っていうひともいるけど、だったら人のせいにするのは必要なプロセスだと私は思う。
私は人のせいだとは思わないけれど、
そういいたい人がいるならそれでいい。
自分がなぜ病気になったのか
どうしていくことで治るのか
整理していくことは
自分でできることをしながら
自分で立ち直る過程(プロセス)の一つになるはずです。
自分以外の出来事との関連に気づくと何か(誰か)を恨む気持ちになることもあるかもしれないけど
それも「次へのステップ」です。
過去の何かや誰かのせいにしてもいい。
でも、覚えていてほしいのは
これから、ココロの穴を埋めていけるのは自分自身だよ。
一人で頑張りすぎて
ずっこけちゃったんだから、
これからは何か(誰か)に
甘えながら頼りながら
自分にできること、やってこう。
このブログも、
その時々のあなたの状態によって、
その時々で使えそうって思えるところを
拾いながら、頼ってください。
手すり程度にでもなれたらいいな。
noteもよろしくです。
※2009年10月11日に書いた記事を読みやすく整えました。
*このブログはリンクフリー(無許可でリンクをはってもOK)です

