喜多方はかつて、1880(明治13)年の大火をきっかけに、耐火性に優れた土蔵造りが普及しました。
「松本屋」が位置する「ふれあい通り」(レトロ横丁商店街)周辺は、こうした歴史的な蔵が立ち並ぶメインストリートであり、松本屋はその象徴的な景観の一部を担っています。
現在は文房具や事務用品、書籍の販売を行っており、通りに面した重厚な2階建ての店蔵は、1928(昭和3)年頃の建築とのこと。
創業140年を超える、こちらの重厚な建造物は「笹屋旅館」です。
1879(明治12)年創業の歴史ある老舗旅館で、建物自体が趣のある蔵造りの意匠を残しています。
全5室という贅沢な造りで、落ち着いた和室でのんびりと過ごせます。
旅館には、1891(明治24)年に建てられた「蔵座敷」を改装した喜多方蔵座敷美術館が併設されており、宿泊者は無料で見学することができます。
「ふれあい通り(レトロ横丁商店街)」は、江戸時代から醸造業で栄えた歴史ある蔵が立ち並ぶ通りを、当時の賑わいを感じさせる「レトロ」な雰囲気で統一し、観光と地域活性化の拠点となっています。
さらに歩を進めて行きましょう

江戸時代からの歴史を持つ老舗「冠木薬店(かぶきやくてん)」と「靴のコバヤシ」が並ぶ風景です。
冠木薬店は、1716(享保元)年創業の老舗薬種問屋です。
左隣の「靴のコバヤシ」も地域に根ざしたお店で、一般の靴の販売だけでなく、学校指定の履物の取り扱いや靴の修理も行っています。
長い年月を経て深みを増した建物は、まるで時の流れを物語っているかのよう。
建物の外観には「さがら」という大きな文字と、左隣には「大善」という看板が見えます
「喜多方ラーメン神社&ミュージアム」です。
この神社は、ラーメンの麺をイメージした赤い鳥居が特徴で、ご神体として「ラーメン丼」が祀られています。
「麺結び」によって「縁結び」の願いが叶うスポットとして知られています。
カフェ「nichi nichi coffee(ニチニチコーヒー)仲町店」です。
この建物はもともと酒屋だった商家をリノベーションしたもので、現在は自家焙煎のコーヒー豆を使用したカフェとして営業しています。
長年「金田洋品店」として営業していましたが、2021年に廃業、明治末期に建てられた店蔵(みせぐら)で、喜多方市内に残るレンガ造りの店蔵としては最古のものと言われています。
現在は「Gallery金田」として新しい歩みを始めています。
ではここから、「蔵の街」として知られる喜多方市を代表する蔵の一つへと向かいます

「大和川酒造店 北方風土館」です。
1790(寛政2)年に創業した、歴史ある酒造メーカーです。
江戸、大正、昭和の各時代に建てられた歴史ある蔵が並び、酒造りの道具の展示や、清酒「弥右衛門(やうえもん)」などの無料試飲・販売を行っています。
喜多方の蔵は「あらたまった場所」として、日常の生活空間だけでなく、冠婚葬祭を行う座敷蔵としても使われてきました。
建物だけでなく、この土地の「水」も歴史の一部です。
大和川酒造では、今も飯豊連峰からの良質な伏流水を地下から汲み上げて酒造りに使用しているとのこと。
このように、喜多方市は「蔵の街」として知られており、市内には4,000棟以上の蔵が点在しています。
この地域では古くから蔵が生活の一部として使われており、酒蔵、味噌・醤油の醸造蔵、商家の店蔵、さらには一般家庭の「座敷蔵」など、多様な形態の蔵を見ることができます。
しかしながら、喜多方市は「蔵」ばかりではなく、この街に馴染む寺院が点在しています。
蔵造りの寺、安勝寺(あんしょうじ)へと向かうのですが、「安勝」の文字は、名手・安藤勝己騎手を思い出してしまいます(笑)
寂静山・安勝寺は、1422(応永29)年に創建された曹洞宗の寺院です。
蔵のまち・喜多方を象徴する「土蔵造りの本堂」を持つことで知られています。
本堂は全国的にも珍しい蔵造りの仏堂で、窓枠のデザインなど細部にも個性が光ります。
1880(明治13)年に発生した喜多方の大火により、旧本堂を含む伽藍が焼失しました。
火災に強い建物とするため、1896(明治29)年に現在の本堂が完成しました。
喜多方らしい土蔵造りが採用され、白漆喰の壁と黒い瓦屋根のコントラストが美しい城郭のような外観が特徴です。
「北宮諏方神社(きたみやすわじんじゃ)」は、1375年(永和元年)に、会津地方を拠点に勢力を広げた武将、蘆名氏の7代目当主・蘆名直盛が信濃国(長野県)の諏訪大社から分霊を勧請した、会津地方の歴史ある神社です。
北会津の総鎮守として、家内安全や商売繁盛、農耕・生活用水の守護神として地域住民から深く信仰されています。
因みに蘆名直盛とは、「鶴ヶ城」の歴史を語る上で欠かせない、「東黒川館」の創設者として非常に重要な人物です。
1384(至徳元)年、現在の鶴ヶ城の場所にはじめて本拠地となる「東黒川館」を築きました。
これが、後の会津若松城へと発展する歴史の第一歩となりました。
なお蘆名氏とは、名門・三浦一族の末裔です。
もともとは会津の地頭として派遣された一族でしたが、直盛の代で「会津の主」としての地位を確立しました。
北宮諏方神社と同じ境内に鎮座する愛宕神社(あたごじんじゃ)もまた、賑やかな蔵のまちから少し離れた静寂の中にあり、春には息をのむような美しい桜が境内を彩る隠れた名所ですね
静寂に包まれた愛宕神社。
鳥居をくぐると、そこには空を覆い尽くすような見事な桜が待っていました。
趣ある木造の社殿と、それを優しく包み込むように咲き誇る満開の桜。
風が吹くたび、朱色の社殿に舞い落ちる花びらが美しすぎて、まるで日常から切り離された別世界へ迷い込んだかのような錯覚に陥ります。
境内は淡いピンク色の絨毯に彩られます。
古くから「火伏せの神」として地域を見守ってきた歴史ある社殿と、繊細な桜のコントラストは、どこか背筋が伸びるような美しさ。
大きな公園の賑やかなお花見も素敵ですが、ここでは風の音を聴きながら、贅沢に春を独り占めすることができます。
観光客の喧騒も届かないこの場所で、ただ静かに桜を愛でる時間は、旅先で見つけた自分だけの「聖域」のようなひととき。
たまたまフラりと歩き、偶然の出会いだからこそ、その美しさはより一層、胸に深く刻まれました。
再びの「ふれあい通り」、かつての日中線跡地へと向かいます。
約3キロメートルにも及ぶ遊歩道に、約1000本の枝垂れ桜が咲き誇る、日本最大級の桜並木です。が、その前に…
折角、喜多方まで来たので、本場でラーメンを。
その途中には、まだまだ、歴史的建造物があり、お茶の島慶園(しまけいえん)は、喜多方の歴史と文化を色濃く反映したお茶の専門店です。
建物は大正時代に建てられたもので、店内には当時の趣が色濃く残っており、訪れる人々に「大正ロマン」を感じさせます。
喜多方は古くから醸造業や漆器業が盛んな商都として発展してきました。
島慶園もそのような歴史の中で、日本茶の文化を今日まで守り続けている伝統ある一軒です。
この旅路は、まだまだ、続きます…☆





























