ちょっと気になる情報だったから、自分メモとして残しておこうかと思います。

37年前の事故、未だに燻っている😭

 

 

 

 

 

 

航空自衛隊には医療専門で任務にあたる「メディック」という精鋭部隊がある事を最近知りました。警察や消防も踏み込めないような場所への救援を専門で行う部隊のようです。

「人命第一」と考える、戦闘要員とは真逆にいる方々です。

 

https://www.mod.go.jp/asdf/arw/katudou/taiinn/292_medic/medic.html

 

メディック隊員は、出動任務の事をアクチャルと呼んでいるそうで、特に危険な任務報告などが、自衛隊や警察、消防、海上保安庁などに備品を納入している会社のホームページに載っているのは、ちょっと驚きでした。

 

備品の会社は、赤城工業株式会社。非上場会社です。

 

 

 

官庁向けの商品だけだと思ったら、一般の方も一部商品が購入できるんですね。

 

 

 

 

民間会社のものに比べて、値段は高いけど上質かもしれないです。

 

 

さて、本題。

この赤城工業という会社のレポートというタブをクリックすると、メディックに所属していたKという人物が、様々な救難事故の報告書を公開してるんです。赤城工業とK氏の関係はわからないけど、関係者である気がします。

 

そのレポートの中に、1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故の際にメディックが出動した記録が克明に書かれているんです。

ここに書かれている事を「事実」と信じて読めば、墜落は18:56頃とされていますが、近くと飛行していた米軍機から19:05には、墜落と墜落場所の報告が自衛隊に上がってきてたそうです。

報道では、「場所がわからない」とか「〇〇山?」とか言われてた頃。

19:05には群馬県と場所を把握してた❗️というのが驚きでした。

 

 

興味があれば読んでくださいね。

【アクチャル(任務) 03】前編

 

 

 

アクチャル03は8月12日の墜落した日の捜索の様子が書かれていました。

事故があった直後に出動し、ヘリコプターからの降下を試みていたそうです。

この場で降りる事が出来れば、生存者が発見できると「人命第一」の使命があるが、暗闇の中、送電線に引っかかり二次被害の危険があるから、帰還した旨が記されています。

 

当時、川上慶子さん(4人の生存者の1人)は、墜落してまもなくヘリコプターが真上に来て旋回してたから、一生懸命手を出して「ここ〜」って叫んでたけど、そのうちにいなくなってしまった。暗闇になってしまった。…という発言をどこかで見た事があるけど、その時がまさにそこなのか?と思ったりもしました。

 

 

 

 

 

【アクチャル(任務) 04】後編

 

 

アクチャル04は、翌日の任務の様子でした。

翼のある辺り、大きく焼けていて、犠牲者の遺体が確認できる中、「人命第一」を考えホバリング後、地上へ降りようとしていたその時、「第一空挺団のレンジャーが来るから❗️」と現場離脱命令が来たと書かれていました。第一空挺団はレンジャーだけど医療のプロではないので、首を傾げながら命令には背けないので、「おかしい」と思いながら現場を後にしたと書かれていました。

 

救難者の医療を専門とするメディックが、生存者の事を知ったのは、テレビのニュースだったようです。

 

そこが陰謀としての憶測が生まれる部分のようですが、素人には全くわかりません。

 

今回はYouTuberさんの情報を基に、情報を見つけたわけですが、情報の多様化で色々な情報を精査した時、見えてくるものがあるような気がします。

 

 

 

この事件もそうで、おかしい?と思う事案には裏がありそうな気がします。