リーダーでリードボーカルの鈴木雅之さんは桑田さんに取ってライバルでもあり大親友。
サザンがレコーディングのため昭和55年の1月から半年テレビに出なかったときもシャネルズがザ・ベストテンに出た時は自身がパーソナリティを務めるラジオ番組のゲストで出演したときの中継で一緒に桑田さんも特別に出演し、顔を黒く塗って場を盛り上げ、コーラスとして参加しました。
しかし、桑田さんが「俺のライバルは鈴木雅之だ!」の言葉とは裏腹にグループとしての活動は昭和62年以後と、平成8年の再集結以後ありません。
「ハリケーン」で低音ボイスで「エブリバディ・ザどしゃぶり〜♪」と歌う佐藤義雄さんは活動休止後、音楽プロデューサーとなり、早稲田大学のコーラスサークルのメンバーだったゴスペラーズを見いだし、昨年でデビュー30年を迎え、メンバーの北山陽一さんがさだまさしさんの娘婿ということもあり、さださんと婿舅コラボもあります。
桑野信義さんは親子3代ラッパ吹きという家庭環境で育ち、トランペットの腕は故志村けんさんとの番組やお芝居でも発揮されていますが、志村さんのコントには欠かせない人でもあります。(私は「ろくでなし」での髭剃りのコントが一番好きです。)最近は大腸がんの闘病をしながら音楽活動をしています。
鈴木さんと佐藤さんと桑野さんとゴスペラーズのリーダーの村上てつやさんと酒井雄二さんとゴスペラッツや鈴木さんとゴスペラーズのメンバーとのコラボもありました。
でも、このグループに一番必要な人が薬物事件を起こして何回も服役したことで再集結できない状態になっています。
それは田代まさしさんです。
機能不全家庭に育った彼に取って温かい食事を食べれる鈴木さんの家庭が居場所だったといいます。
薬物依存も諸説ありますが、トラックドライバー時代にドライバー仲間から貰った薬がきっかけだったといいます。(ウィキペディアより)
昨年、ドジャースの大谷翔平選手の元通訳の水原一平被告の事件でギャンブル依存が大きな社会問題になっています。
その恐ろしさはティッシュペーパーや草彅剛さんのCMでお馴染みの介護用おむつアテントで有名な製紙会社大王製紙の元会長井川意高氏の本に書かれているように会社のお金106億円をギャンブルでパーにしました。
井川氏自身も少年時代に大王製紙の3代目だったことで了見の狭い教師から目の敵にされ、逃げるように移住した東京ではワンマン父親のアメムチ支配、派手な交友関係がありました。
メンバー1のアイデアマンで笑いの才能は志村さんも公認だったのに薬物で人生をパーにしてしまい、芸能界から追放されてしまいました。
今はコンプライアンスが厳しく、中居正広さんがフジテレビと女性トラブルで芸能界を引退しました。
どの世界もそうですが、昭和の常識も長男が偉いというのもハラスメントに対して厳しい目が向けられます。
キラキラした80年代が始まって45年になりますが、キラキラした時代の裏に闇やエゴやハラスメントがまかり通っていた事実も知って欲しいです。