昨日はNHKのBSプレミアムで田原俊彦さんの還暦記念の特別番組がありました。
幼くして小学校の先生だった父親を亡くし、母子家庭で生活困窮する中で育ち、お母さんを楽させたいためにデビューの保証がない中で甲府工業高校の授業後の毎週土曜日に甲府から電車に乗ってジャニーズ事務所でダンスのレッスンを受け、子供向け番組で体操のお兄さんをしたのが彼の芸能界でのキャリアの始まりだったといいます。
そのきっかけが近藤真彦さんに「マッチ」というニックネームを付けた現在ベーシストの松原秀樹さんの代打だったといいます。松原さんは大江千里さんのサポートをしていた人で元ジャニーズ事務所のアイドルだったというのは後で知りました。
昭和54年に出演した「3年B組金八先生」の生徒役で有名になり、翌年にレイフ・ギャレットさんのカバー「哀愁でいと」でデビューしました。
その後大人気となり多くのヒット曲とドラマ出演をし、女性誌の「抱かれたい男」のナンバーワンも獲得しました。
「教師びんびん物語」の主人公のモデルは亡くなった父親とも言われています。俊彦という名前は父親の教え子から取ったもので、テレビ番組のVTRでお会いしました。
平成6年に結婚とジャニーズ事務所からの独立でマスコミとの関係が悪化したことで人気が低迷した時期もありましたが、爆笑問題の番組のレギュラーになったことで再評価されました。
ちなみに桑田佳祐さん曰く「チャコの海岸物語」の歌い方は田原俊彦さんを意識していると述べていました。
桑田さんはわざと下手に歌うというのを得意にしている人です。
紆余曲折ありましたが、トシちゃんが60歳の誕生日を迎えたことは嬉しく、この年齢でキレキレのダンスが出来るというのはすごいことです。
個人的にはもっと評価されるべき人だと私は言いたいです。
トシちゃんが還暦を迎えたように私も昨夏に50歳になりました。
メニエール病と子宮内膜症のお薬飲んでいます。
最近は母親が訪問看護を受けています。ほとんど寝ているので仕事中も不安です。
25年前の私は自分を失っていて、本来なら自立すべき立場なのにそれが出来ませんでした。
現在は介護福祉士としてがんばっていますが、もしあの時に母親が病気になっていたら自立の道を選ばざるを得ない状況になっていたかもしれません。
今日の挨拶ネタで桑田さんと原さんの結婚記念日ということで綾小路きみまろさんの「あれから40年」を引用して「あれから39年」にしました。
最後に原さんがいなかったらサザンも43年続かなかったと思います。