わたしたちは、自分の価値観で物事を見るので、
誰かの言動に対して、
「わたしだったら、こうする」
「わたしだったら、こんなことしない」
などと思ったりします。
でも、その誰かさんは「わたし」ではないんですよね。
その人にはその人の価値観があって、
その人の行動は、その人の価値観から生まれています。
だから、
「わたしだったら、こうする」
「わたしだったら、こんなことしない」
と思うことは、あまり意味がなくて、それよりも、
「どうして、そうしたの?」と理由を聞く方が、
その人の価値観や考え方を理解できるし、
その上で、「こうしてみたら、どうかな?」
と提案もできると思うのです。
もちろん、直接聞けない場面もあるけれど、
「この人にはこの人の理由がある」
と心の中で思うだけでも、
相手との関わり方がずいぶん変わります。
相手がどうしてそういう言動を取ったのか、
その理由を聞かないで、
「わたしだったら、こうする」
「わたしだったら、こんなことしない」
と言うのは、
「あなたよりもわたしの方がよくわかってる」とか
「あの人よりもわたしの方が上手くやれる」
と言いたいだけだったりします。
つまり、知らず知らずのうちに、
相手を見下してしまっている
ということになるのかもしれません。
人を見下すと、相手は見下されたことがわかるので、
いくら素晴らしい(と思ってる)ことを伝えても、
相手の耳には届かないことがほとんどでしょう。
相手に何かを伝えたいのなら、
相手を理解しようとする心がないと届きません。
やっぱり、
「そこに愛はあるんか?」
ですよね。
相手を変えよう、正そう、直そうとするのではなくて、
わたしも、あなたも、見守ろうと思えますように。
「相手を変えたい」もエゴです。
エゴを浄化して魂を感じるためにも、
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