この世界は、出したものが返ってくるので、
人に優しさを差し出すと、
優しさが返ってくるようにできています。
ところが、聖書には、
そんなことは当たり前とばかりに、
「敵を愛しなさい」
「自分を迫害するもののために祈りなさい」
とあります。
「敵を愛する」というのは、
凡人のわたしたちにはハードルが高いですが、
「酷いことしてくる人のために祈る」
は何とかできるかなと思うのです。
ここで、ソウル・セラピー的に、
酷いことをしてくる人を見てみると、
その人がいろいろなエネルギーで覆われて、
自分(魂)を見失っている状態と考えます。
そう考えて、ソウル・セラピー的に解釈すると、
その人を愛するということは、
魂を覆っているエネルギーを浄化するし、
その人のために祈るというのも、
そのエネルギーを浄化することになり、
愛することも、祈ることも、どちらも、
その人の魂を覆っているエネルギーを浄化して、
その人が本来の姿を取り戻すことにつながるのです。
とはいえ、
誰かに批判されたら不快だし、
悪口を言われたら傷つくし、
攻撃されたら頭に来ますよね。
相手からの批判などは、
こちらが受け取らなければ、
相手のもとに戻るとわかっていても、
思わず反応してしまいます。
反応している限り、
相手を愛したり祈ることはできないので、
まずは反応した自分を浄化していきましょう。
相手の攻撃に反応した時は、
自分にとっては正当な理由があるはずです。
でも、その正当な理由は、残念ながら、
本当は正当じゃないのですよね。
「頭にきた!」の奥には、
「悲しい」が隠れています。
「馬鹿にされて悲しい」
「大事にされなくて悲しい」
「自分のせいにされて悲しい」
相手への怒りとしてぶつけるよりも、
自分の悲しさを拾い上げて、
寄り添って愛を注ぐことで、
悲しさが浄化されていきます。
「悲しい」がなくなると、
怒りの反応も減っていきます。
怒りの反応が減っていくと、
相手を愛することも祈ることも
できるようになっていきます。
人から怒りをぶつけられたら、
反応せずに、スルーして、
相手のために祈れるようになりたいものですね。。。
人生、日々精進ですなぁ・・・w






