
Non*さんの企画に
参加させていただきます
紫陽花同盟第四回企画「冬にきらめく」
自由に生きる











ある冬の日の
朝さんぽ
誰からも忘れ去られた
空き家の
庭に
雑草にまぎれて
それは
あった

よく見ると
手入れをしていない
荒れ果てたその庭の
あちこちに
枯れた冬紫陽花が
朝日を浴びて
それぞれが
そこに
堂々と 存在する
それは
小さな装飾花だけになっていたとしても
自由に
好きな方向に伸び
誰にも遠慮はせず
光に向かうものもあれば
影に向かうものもいる
光の中で生きることも
影の中で生きることも
光と影
それぞれに
良いこと、悪いこと
が
同時に存在するから
光か影か
どちらがいいかは
誰が決めるものでもなく
自分が
自分にとっての
良し悪しで判断する
その判断を
他人の目を気にせず
自分で決めれることを
自由
と
いうのだと 私は思う
どちらを選んだとしても
凛として
生きる
自分の持つそのポリシーのもと
心は伸び伸びと
時に
哀しげだったりすることもあるけれど
光 影
どちらを選んだとしても
その哀しいことがあることは
想定内
楽しいことばかりではなくて
そういう想定内のことも含めて
自由は
(だからこそ)
最高に楽しいのだ
自由に 生きる
この冬に
この冬に
命 美しく
きらめく
miitan

昨年、冬紫陽花企画に参加して
枯れたものへの
自分の中にある固定概念に気づきました。
美しい
ということは
新しいだけではなかった
若いだけでもなかった
究極の美しさは
姿形ではない
究極の美しさは
内なる美しさ
内なる美しさとは
今まで
必死にがんばってきた経験からの美しさ
そして
これからも
必死に生きていくという強い意志
昨年の冬紫陽花企画では
この《枯れてもなお美しい》《究極美》を
私のテーマとして
Non*さん企画に参加しました。
今回は
《自由に生きる》
《何かを選ぶ時、どちらを選んでも正解》
そんなことを、私のテーマとして
ここで表現してみたくなったのです。
今年もたくさんの写真を何日間もかけて撮り
記事構成に悩みに悩んで
いくつものパターンをつくり…
最もインパクトのある記事をお蔵入りとし
こちらを、今回の冬紫陽花の記事としました。
至らない点もあるかと思いますが
今の私の精一杯です。
前回の企画記事以降
迷い続けてのこの記事作りは
自分をみつめる良い機会でした。
ありがとうございました
Non*さんへ
いつも素敵な企画を
ありがとうございます
自分だったら見過ごすような題材を
与えてくださって
その題材と向き合うことで
得ることがとても多くあります
また今後ともよろしくお願いいたします
この企画に参加された方へ
一緒に参加できたこと
とても嬉しく光栄に思っております
ひとつのゴールに向かって
多方向から一緒に走れること
とても清々しく幸せに思ってます
「冬紫陽花」作品 楽しみに伺いますね
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こちらご覧の方へ
ご覧いただいてありがとうございます♡
冬紫陽花、雰囲気の違った写真が
まだまだいろいろあります
今後は【番外編】として
別の形で 冬紫陽花記事を
通常投稿していきたいなぁと思っています
今回は公開コメントとします
なお、今回のコメントは
通常の非公開とは違い
承認して公開コメントとします
お間違えないよう
よろしくお願いします
非公開がいい人はコメント欄で
【非公開で】と表記してね![]()












