久々に文学 | Sleepy Scholar's Diary

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冬眠が好きな傾向は一生続く模様だが、一応、起きて
いる時には世界にも色々反応を示していきたいもの。

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来年度(4月から)の仕事については、まだ未定。
非常勤という立場上、これは毎年のことで、特にこの時期は
皆が揃って「来年はどれぐらいのコマ数をもらえるのか」と
心配になる時期である。私の場合、来年は私的なことで
ごちゃごちゃしているため(前期はまだ教える予定である)、
余計に仕事がもらえるのか不安である。

だが、そんな中、一つだけ私をルンルンさせてくれる
仕事の話。全ての大学での今学期が終わった後、春休みに
とある大学で集中講義をさせてもらえることになったので
ある。それも、私の専門のアメリカ文学о(ж>▽<)y ☆

英語を教えるのとは違い、自分が普段書いているペーパーの
題材を授業にちょこっとでも使えるのが嬉しいし、やはり、
文学を教えるというのは、準備をする段階でも資料を
読み返していると新たな発見があるため、興奮してしまう。
ペーパーを書こうか、という気力がモリモリ湧き上がる
ことも何度もある。文学を私に教えて下さった先生方は
こんな気持ちで日々を過ごしておられたのだ~と思うと、
同じ体験ができることが幸福に感じられる。

もちろん、英語という言語を教えるのも立派な仕事であり、
それがつまらないと言っているのではない。ただ、
英語教育を専門にされておられる先生方とは違い、私には
授業をしていても、自分の研究とは全く異なる土俵で
行う仕事に過ぎないため、単なる「仕事」となってしまう。
ひとつ一つの授業には真剣になれても、授業で使用する
題材によって、魂を揺さぶられるような体験をすることが
できないのである。

もちろん、学生のレベルによっては、自分の専門に関連
した事柄をちょこっと取り入れることはあるが、時間的に
限られてしまうし、学生も文学が専門ではないため、
深い議論までは望めない。それが、今度は私の希望通りの
授業ができるぅ~~~~~~~~~っ!

アメリカに渡る前に、夢のような授業の機会が与えられた
ことが本当に嬉しくてたまらない。あきらめていたような
ことでも、人生、ちょっぴり長く生きていると良い話が
舞い込んでくるのである。ずっとずっと先の未来には、
現時点では想像ができないサプライズがさらに待っている
のかもしれない。そうした機会にとり逃されてしまわない
ように、今というこの「瞬間」を大切に歩んでいきたいと
思う。