TSUTAYAからDVDを借りてきた。
とても重い内容のその映画。タイトルは「ホテル・ルワンダ
」だ。
1994年にルワンダで起きた大量虐殺の実話を元に作られた。
フツ族とツチ族(これらの呼称は、現在は人種差別だとして
使用されていない)間の抗争が、フツ族至上主義の民兵たちの、
ナタや銃による大殺戮に発展したニュースは、日本でも頻繁に
触れられたものなので、その歴史的な説明は省略するが、
その惨事の中で、由緒あるホテルの副支配人であったポールは、
自分の家族や友人のみならず、ホテルに逃げこんできた1000人
以上もの人の命を救った。彼らの命は、幾度となく危険に
さらされたが、ポールの機敏な判断により、守られたのだ。
ポール本人のコメントによると、難民としてベルギーに逃れた彼も
家族も、今でも虐殺のことを思い出すと悪夢にうなされるという。
当たり前のことだろう。数えられないほどの狂気、暴挙を目にし、
何万体という死体を目にしたのだから。
この映画の中で特に印象深かったのが、以下のシーン。
1.イギリス人記者がポールに、「世界の人々は、テレビで
ルワンダの惨状を見て、ひどいねと言いながらも、自分たちの
ディナーを食べ続けるのだ」と語る。
まさに、私がやっていることだ。私だけではない。
皆がそうなのだ。遠い世界で起こっていることに逐一、
心底関わりあうことは無理なのだ。
だが、同時に、私たちにも出来ることはあるはずなのでは?
胸にズンと突き刺さるシーンだった。
2.殺戮が目の前で起こっていても、それを止めることも
出来ず、自分たちの身を守るために銃を発砲することも出来ない
NATOの平和維持軍の兵士たち。NATOの大佐は
「平和維持軍は仲裁は出来ない」と苦々しい顔で言葉を吐く。
このシーンは、イラクに派兵された日本の自衛隊員のことを
思い浮かべずには見ることが出来なかった。個人的には
イラクへの自衛隊派遣には賛成していなかった私だが、
もしかすると、自衛隊員たちは、ルワンダでNATO軍が感じた
ことをイラクでも感じていたのかもしれない、とふと思った。
治安が良いとはいえ、テロが日常茶飯事のイラクで、
自衛隊員たちはひょっとすると、自分たちが武器を使用する
ことによって、誰かが殺されずに済む、といった事件を目に
したかもしれない。そんな中で、訓練を受けているにも
かかわらず、治安回復のために手をこまねいて見ている
だけという状態は、映画の中で出てきた「恥」を感じるもので
しかなかったに違いない。
自衛隊員が「日本国民に支持されていなければ、やりづらい」
と漏らしていたのを聞いたことがある。当事者でなくては、
戦地(イラクはそうではなかったようだが)に実際に行って、
その地の窮状を目撃した人でなければ、何が必要なのかと
いうことは軽々しく言えないのかもしれない。
この他にも、西側諸国とアフリカとの関係、アフリカの中の問題、
日本と発展途上国との関係、などなど色々と深く考えさせられる
映画だ。日々、形作られる歴史の中で、それも、ダークサイドに
ある歴史の中で、自分も生きてきているのだと実感させられる
一本であったと言える。
