早朝、のんびり寝ようと思っていたら、母にたたき起こされた。
家中が停電になったので、携帯で関西電力に電話して欲しいとのこと。
母は自分の携帯を持っていないのだが、父は持っている。
眠かったので少々腹を立てていた私は「何で、私よ?!」とつい思って
しまったが、電話機も含めて全てが止まってしまった暗闇で右往左往して
いる母にそんなことを言ってはいけない。父は知らん顔しているのだから。
私はおもむろに起きて、まず電話をする前にブレーカーをチェックした。
案の定、ブレーカーが跳ねていたので、それを元の位置に戻す。
はたして、家中の全ての器械がガチャガチャ・ピカピカと元通りに動き出した。
目の不自由な母はブレーカーをはっきりと見ることが出来なかったもよう。
(暗闇なので、どんな人でも見えないのが普通だが。)
停電が起きても、いつもと違うその状況に慌てるどころか、興味津々で
興奮さえしている様子の父を見て、「何でママを手伝わないの?!」と
私はまたもや朝から苛立ってしまった。
だが、このように苛立つのはいけないことなのだ。
父には障害があるのだから・・・。
正式にではないが、父はアスペルガー症候群(高機能自閉症)
と診断されて
いる。半年ぐらい前に私が次から次へと父の「変人ぶり」を精神科の先生に
訴えていた時、先生に、この障害の可能性を指摘された。すでに退職している
父をわざわざ障害者認定しても仕方がないので、そのまま放っているが、
一緒に暮らす母と私には、時々どうしようもなく父の存在が苦痛に思える
時がある。
今朝のような場合がそうだ。
ストーブが切れて寒いし、冷蔵庫のものは停電のままでは腐るし、何しろ
真っ暗なのだから不便なのだ。にもかかわらず、電気を取り戻そうとする
よりもむしろ、父は、その珍しい現象を楽しむかのように、暗闇に佇んで
いるのだ。そして、私たちが懐中電灯を探し回っている時に、まるで私たちの
行動を阻むかのように、通路に立ちはだかっている。
高校を卒業してからエンジニアとして働いてきた父に、私たちは自然と、
停電の原因を発見して欲しいと期待してしまう。だが、それは叶わない。
なぜなら、職場を離れた父、融通の利かない、障害を持つ父には、
家庭内でのトラブルを処理する力がないからだ。
このことを心の底から理解するのは、娘である私にとって非常に辛い作業だ。
辛いだけに、「そんなことはやっぱり嘘だ」と否定することもある。
おそらく、普段は否定しているのだろう。だから、今日のようなハプニングが
起きた時に、まず、父に対して苛立ちを感じてしまう。
思えば、私が小さい頃から、父は父親らしいことを何一つしてくれなかった。
出張が多かったから私のことをあまり分かっていないのだと思っていたが、
今考えるとそうではない。父自身が子供のようで、子供の私を教育することが
無理だったのだ。教育係は完全に母の役目だった。
お医者さんが言うように、父は恵まれた時代に就職をし、自分の出来る
範囲のことをしていれば会社をクビにもならず、年功序列で退職するまで
何も心配せずに生きてこられた。現代だったら不適応者のレッテルを
貼られていた可能性もあるが、「ちょっと変わった人」ぐらいに見られる
だけで済んでいたのだ。
だが、今、仕事を終えた父にはすることがない。家の中のことを新たに
覚えることが非常に難しいようで、今日言われても、明日は同じ過ちを
繰り返し、母に叱られる。母は目が不自由になってきたため、本当は父に
頼りたいところだが、それが出来ずに文句ばかり言うことになる。
そして、そのような2人を見て、私の気分は滅入ってくる。
アスペルガー症候群という病名が新しいものなので、おのずと、関連した
書物も、老人よりも子供たちを主体としたものが多い。おそらく、子供や若い
人たちは、これから社会に出ていかなければいけないという立場上、障害を
乗り越えるための知識が切実に必要なのだろう。研究者もそういった人々を
取り扱っていることが多い。
では、父のような老人はどうすればよいのだろう?アスペルガー症候群に
ついて話しても「そんな人がいるのか~?」と他人事の父。「パパの行動に
似ているね」とまでこちらが言っても、何の反応も示さない父に、障害を宣告
しても仕方がなさそうだ。60年以上を自分が「普通」だと思って過ごしてきたのに、
今さら障害者扱いされても迷惑なことだろう。
ただ、同じ屋根の下に暮らす家族には、負担になり過ぎることも多々ある。
幸いにも父は「怒」という感情を持たないので、こちらに暴力を振るうことも
ない。その点では私も母も救われている。が、年を重ねるに従って、頑なに
なる父に振り回されるのも気が重いことだ。
どこかに解決策がないかな、と情報を探しているが、今のところ収穫はない。
祈るしかない、という現状が妙に悲しい。