日曜の夜ということで大河ドラマ「花燃ゆ」のハナシということで。
吉田松陰こと寅次郎が脱藩、ということで…
そもそも脱藩する、というのは江戸時代では死罪に値するものでした。
戦国時代は主君を変えまくったのは言うまでもないけど、江戸時代にはいるとそのようなことは「許しがたい行為」としてみなされていました。
しかし、江戸時代も中期以降になると手続きさえ行ったら住んでいる藩を抜け出すことができたのですが、幕末になるとそれすら面倒だということで脱藩して自由に行き来した志士がたくさんいました。
吉田寅次郎も脱藩、となっていますが最初の脱藩は外に出たいから、とかではありません。
そもそも彼は友人・宮部鼎蔵(みやべていぞう:熊本藩士)と東北視察旅行の計画を立てていました。その時、藩には「旅行に出るので通行手形がほしい」と申請していましたが、なかなかもらえませんでした。この通行手形がないと、今でいうパスポートなしでの旅になります。
しかし、旅行をする日まであとわずか。
こういう時はどう決断するのか----
いや、どのようにすればいいのだろうか。
寅次郎は決断します。
通行手形を待つことより、友人と旅行することを。
待てば何とかなったかもしれません。
しかし、そういうわけにはいかなかったのです。
友人との約束を守るために、彼は『脱藩』というタブーを犯すことを選んだのです。
そのとき、寅次郎はこういいます。
「約束の日を逃すのは武士として恥」と。
この言葉から、信頼関係を守るための選択だと思っています。
これができない、というヒトは世の中にはたくさんいるかもしれません。
改めて「人との約束が守れるか」というのを考えてみてはどうでしょうか。
ちなみに、寅次郎はこの東北旅行で多くのことを学び、津軽半島の方まで回った、という話もあります。しかし、通行手形がない状態で旅行をしたということで脱藩の罪に問われてしまうのです…
