夢推しサポーターで、北の歴女・くーちゃんです。
知らないうちに誰かと比べてしまうのが僕の悪い癖です、とは『相棒』シリーズの杉下右京がいうてしまいますが、この『比べる』というのは『嫉妬』というものでもあります。
嫉妬、というと読んで字の如し「ねたみそねみ」とかいて、どちらも同じ意味を持つものでもあります。これは一方的な感情だったりします。しかし、「比べる」「比較」となると、自分と対象となるものを2つを見て判断する形になるので、俯瞰的に物を見ることができます。
この『嫉妬』ですが、様々なところで沸き起こっています。
職場、学校、家族、テレビの向こう側など…
ここでは敢えて「家族間での嫉妬」について触れてみます。
家族間での嫉妬というと、「母と娘」が多いと言われています。また、「父と息子」もありますが、いずれも間に異性親が絡んでいることもあります(そうではないこともあるので)また、兄弟姉妹間でも起きていますが、これは親絡みが多いと言えます。
幼少期に母(または父)にかわいがってもらってたが、その間もう片方の親はどうだったのでしょうか。
これまで自分と相手だけだったのが、娘or息子が生まれたばっかりに愛情のかけ方がそっちに移行してしまい、感情として「ずるい!」「なんで?」というのが沸き起こってしまいます。それが憎しみになってしまい、やがて「嫉妬心」を募らせてしまいます。
なぜ、ここまでして『家族間での嫉妬』が多いのでしょうか。
それは、生育環境と時代的背景が影響しているからだと思います。育ってきた価値観というのは人それぞれですが、大体の人は親から受け継いだ価値観で物事を判断してしまいます。つまり、親世代にとって常識だったことをこれから生きていく子どもに植え付けていくのです。どういう時代になるのかわからないのに。
この「価値観」が友人やメディアなどの「ものさし」と比較してしまい、判断したり振る舞ったりする行動によって影響されてしまいます。日本の場合、「親(年長者)が言うことは絶対正しい」という考え方が正論となっていたこともあり、「子ども(若年者)は親の言うことをきくものだ」というのが刷り込まれています。
しかし、前述にあったように「ものさし」に触れてしまうと「これはおかしい!」と感じ始める人もいます。これがプラスの方向に考えるとまだいいのですが、肝心の親からみると「親の言うことは絶対」という考え方とミックスしていろいろな感情が渦巻くのです。その感情の1つが「嫉妬」です。
その「嫉妬」は、相手が自分より自由に振舞っていると強くなってしまいます。「なんで?」「私はこんなに我慢しているのに!」と。
だけど、「嫉妬」されている側としては何も考えていないんですよね。ただ、「私は好きなことをやっているだけ」という自分軸を活かした形でいるから。だから他の人がどうされようと気になっていないし、当然その感情にも気がついていないのです。
私は私なりに好きなことをしているだけ。
対象になっているものがあるし、私が幸せになるのが当然でしょ。
しかし、それが「嫉妬」の理由として見ている人もいます。特に母親がそういった感情を強く持っていると身内だけに受け取ってしまうこともあります。
感情の受取りゾーンが広い人ほどその「嫉妬」もたくさん受け取ってしまいます。
受け取ってしまった時点で、「ああ、私は遊んではいけないんだ」「幸せになったらお母さんたちが可哀想」と解釈してしまい、どんどん萎縮してしまうのです。そうなると、
「遊ぶこと」「幸せになること」=悪いこと→罪悪感
と考えてしまうのです。
それ故に、家庭感での嫉妬が多くなっているのだと思います。