こんばんは。
今日は心の断捨離というテーマで書きます。
面白いことの一つも言えなければ、
オチもとくにないです。
ただ川の流れに放すみたいに、
手放していきたい
記憶に対する執着のようなものや、
今は、"もういいや"と思えたことなどを、
ただただ綴ります。
いつもありがとうございます。
二人目の産後、
親と過ごす時間が増えて、
産後のホルモンのせいもあるかもしれませんが、
モヤモヤすることが多くなりました。
母と息子が話したり
遊んでいるのを見たり、
名前を呼ぶ声を聞くと、
ふいに過去の記憶が蘇って、
元々の家族に、
母に対する怒りや寂しさや悔しさが蘇って
どうしようもなく、
イライラしたり、泣いたり。
去年はずっと、
心のことを学んだり、
アロマやカードを知って、
少しずつ蓋を開けながら(開いてしまいながら)
自分と向き合うことが出来ました。
すごく恵まれているとも思いますが、
人が本当に変わりたいと思ったら、
人それぞれ最適な環境が用意される気がします。
そして、おそらく自己受容のおかげで、
気がついたら、
本当にある日気がついたら、
色々な過去のこと、
あれ?何とも思ってないし、忘れてる、、、
という事に気がつきました。
思い出したとしても、
もう熱いものはなくなっていました。
あーこういう事なんだ。
ゆっちさんがよく、
「私こう思ってるんだなぁ」
「私こう思ってたんだなぁ」
って、今はただ思ってるだけでいいって。
認めてあげるだけでいいという事なんだと思いますが、
当時は分からなくて。
というか出来なくて。
どうしても、
メラッとし感情や、ドロッとした感情が出てきてました。
でも今は分かる、出来る。
だって、、
もう過去だ。
いくら怒ったりしたところで、
何も変わらない。
うまく言えないけど、、
嫌なことを見ないフリし続けるより、
見たくないと思っていたこと、
その時の自分の本当の感情、
そして、全体をみることも、してみたら、、
思い込みもけっこうあったり。
でも、そう思ってしまうのも、
仕方なかったよねー
って小さい自分のことを分かってあげる。
それだけでいいんだな。
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はじめての母の日の記憶。
5歳のころ。
ある日幼稚園で、
担任の先生が、
母の日について話していた。
お母さんに“ありがとう"を伝える日だと。
そして、母の日に送るカードを作ることになった。
確か、折り紙で作ったカーネーションの花を貼ったカードにありがとうと書いて。
そんな日があるんだ!
お母さん笑ってくれるかな!?と、
ワクワクして、
幼稚園から家までの一本道を帰ったのを
今でも覚えている。
当時家具屋さんをしていた家の前に着くと、
ちょうど母が外にいた。
細かい会話は覚えていない。
ドキドキしながら、カードを渡した。
「何?」と言って、
カードを開いた母は、
「あー、、」と言った後、
「お母さん、カーネーション嫌いやねん」
と言って、私にカードを返した。
胸のあたりが違うドキドキに変わる。
とっさに私が強く思ったことは、
“今ぜったいに傷ついた顔をしてはいけない"
そっか〜、、ごめんな、知らんかったから。
今度から覚えとく
と言って笑った。
足早に家に入り、
返されてしまったカードを
捨てることも出来ずにしまった。
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もしかしたら、
長い年月を経て、
脚色されているところもあるのかもしれない。
これを去年思い出した時、
何であんなことが言えたんだろうか?
私は、母の日に息子から貰ったら、
虫の絵でも嬉しいし、大切にしまうのに。
そして、今は息子(孫)に
溢れんばかりの愛情や優しさを
与えている母がいる。
そんな光景を何気なく見ていると、
他にもさまざまな記憶が蘇って、
去年は苦しかった。
幸せな記憶も、
きっとあったはずなのに。
でも、向き合い続けて良かったな。
今はこう思う。
幼稚園から帰ってきた時に、
母がたまたま外にいた事は
覚えているだけでも何度かあった。
あれはもしかしたら、
私が帰ってくる時間に合わせて、
外で待っていてくれたのかもしれない。
私が根に持ち続けてきたこの記憶の時でさえ。
去年までの私なら、
こんなことには気がつけなかっただろう。
今なら、愛情の示し方もさまざまで、
受け取り方もさまざまだと分かるけど。
あの頃の私は、
ただただお母さんのことが大好きで、
笑って欲しい純粋な子供だったんだなー。
うっかりいろんな気持ち
飲み込み続けてきたおかげで、
生きづらかったねー!笑
あーー大笑いしたい気持ち。
小さいなりに、
お母さんを守ろうとよく頑張りました!
でももういいね✨
バイバーイ🌈