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家庭を子どものBASEに 佐伯和也公式ブログ

子どもが思う存分遊ぶ(ゲーム含む)ことで、知的好奇心が育ち、それが勉強にも繋がっていく

こないだ『毒親』についての話を書きまして、自分がもし『毒親』となった場合、子どもとの関係が途切れてしまうことがあります。

 

子どもに客観性があれば、自分の親が自分にとって良い存在なのか、そうじゃない存在なのかが見えてきます。

 

 

 

もし、そうじゃなかった場合、子どもの方から、親から離れていくことがあります。

 

親と、子どもは、たまたまその親の家庭に生まれただけであって、人生を共に生きなければいけないわけではありません。

 

 

 

子どもにとって、親が辛い存在ならば、決別して、離れて生きていくことだってできます。

 

それすら、子どもは、自分の選択として選ぶことができます。

 

 

 

自分が親の立場で、子どもがその決断をした場合、こちらはそれを受け入れるしかありません。

 

その選択を捻じ曲げようとするならば、それこそ、親の越権行為というか、親には子どもの人生を好きにしていい道理はないんです。

 

それがどれだけ自分にとって、都合の悪いことであっても。

 

 

 

親子の"関係性"というのは、日常的な、親子のコミュニケーションの積み重ねによるものです。

 

一朝一夕で、今の関係性ができたわけではありません。

 

今の関係が良いものであっても、悪いものであっても、それは長い年月をかけて構築してきたものです。

 

 

 

だから、子どもが「親と決別する」という決断を下してから、コミュニケーションの取り方を変えても、その決断を覆すことは難しいでしょう。

 

親とは、子どもにとって、絶対的な存在ではありません。

 

『絶対的』というのは、親の言うことは絶対で、親が絶対的に正しくて、子どもはそれに従うべきだ、親の言うことは素直に聞くべきだ、っていう考え方ね。

 

子どもは、遅くとも思春期あたりに気付き始めます。

 

 

 

子どもは気付いているのに、親自身が

 

「親という立場は、子どもにとって絶対的ではない」

 

っていうことに気付かないことがあります。

 

そこの勘違いを続けていると、子どもはいずれ親と決別することがあります。

 

 

 

それは『親離れ』っていう成長過程の一つの段階ではなくて、親への不信感から来るものです。

 

こないだ書いていた『毒親』っていうのは、そういう親子間での"ミス"コミュニケーションの蓄積によって、生まれたものだろう、って思います。

 

言ってみれば、『毒親』っていうのは、子ども側からの悲痛な叫びというか、そのミスコミュニケーションの蓄積からくる恨みみたいなもの。

 

 

 

じゃあ、親が子どもから見放されてしまえば、それでもう親子の関係は修復できないのか、っていうと、そんなこともありません。

 

『毒親』のメルマガを読んで、送ってくれたメールを紹介させてもらいますね。

 

 

 

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『毒親』メルマガ。

 

なかなか痛いと感じましたが、佐伯さんの愛を感じるメルマガでした。

 

親を否定したって、なんも幸せなこと、起きないよ?


ですよね。

 

 

 

ちょっと長くなりますが、私のここのところの親子変化を、ご報告です。

 

セルフコーチングで、私の脳内の育った家族の模様を、紙に書き出し、見える化しました。

 

脳内をグルグルしていたもの、感情、気持ち、母の口癖など全て。

 

 

 

毒を全て書き出した後、新たな紙に、それでも存在した、プラス(リソース)を書き出してみました。

 

そこには、

 

父の代わりに柱になってくれた長女。

 

母の代わりに愛情を注いでくれた次女。

 

2人に護られた私は母を支え、その母は父を支え、その父は家族全体を守っている姿が浮かびあがりました。

 

 

 

あぁ、護られてた、私、と思いました。

 

 

 

そして、つい先日のこと。

 

夫にされたことが我慢の限界で、結婚して初めて、実家に逃げ帰りました。

 

1番帰りたくない場所で、1番帰りたかった場所です。

 

 

 

突然現れた私に、父は言いました。

 

「よく来た。

 

もう帰らなくていいからな。

 

ずっといていいからな。」

 

 

 

私が何も説明していないのに、そんな言葉をかけてくれました。

 

あたたかさに泣けました。

 

 

 

そして、その夜。

 

私はずっと心に溜めてきた気持ちを、母に告げたくなりました。

 

 

「私が殺されかけたあの日、(暴漢に後ろから羽交い締めにされ、頭を何十発も殴られた日)『お前が全部悪い』って言われて悲しかった。

 

私が命の危険にさらされても、私は守ってもらえないことが、ずっと苦しかった!」

 

 

 

母の興奮のスイッチが入り、ボロクソに言い返されました。

 

 

「言わないお前が悪い。

 

今ごろなぜそんなことを蒸し返す。

 

全然記憶ない。

 

お前の不注意が全ての原因だろ!

 

私が悪いって言いたいのか?

 

それでお前は親に金をせびりに来たのか?」

 

 

 

「私は口が聞けなかった。

 

言えなかった!

 

ずっと毎日、夫婦喧嘩の家で、ずっと怖くてたまらなかった!!」

 

 

 

父が私と母の手を強く握っていたので、殴り合いにはなりませんでした(笑)

 

 

 

「親のこと嫌いなら、さっさと自分の家で幸せに暮らしたらいい。

 

お前の子育ては…。あんたの旦那が…。

 

こどもたちだって…。
 

私は何も悪くない。

 

私ほどいい人間はいない。」

 

 

 

「私の家族のこと悪く言うな!!帰る!!」

 

 

 

で、父にお礼を言い、自分の家に帰りました。

 

あんなに恐れていた母と言い合い、気持ちを初めてぶつけました。

 

興奮した母は相当エキセントリックでしたが、もう怖さはありませんでした。

 

 

 

こどもの頃、疲れた父はこどもが近づくのを嫌がり、無関心に思えました。

 

言葉のキツイ母に暴力で応戦していた父。

 

家庭に恐怖しかみえず、愛がみえなかった。

 

 

 

でも父は言いました。

 

「仕事が本当にきつくて、馬鹿にされたり、ひどいいじめにあったりしたけど、こどもがものすごく可愛かったから、がんばれたんだ」

 

 

 

もう、死ぬまで親に会わなくていい。

 

 


そう思っていました。

こんな日が来るとは。

 

 

 

誰もが必死だった、あの頃。

 

みんな不器用に、それでも一生懸命生きてた。

 

 

 

不器用な父を支えた、不器用な母。

 

今は、不器用な母を支えている、不器用な父。


そんな両親の娘でした。

 

 

 

私の中で消えていた父が、今になり、力強く蘇りました。

 

 

 

家族が怖い。

 

 

 

そう怯えてきた私は、佐伯さんに出会い、コーチングに出会い、こんな風に変化してきました。


ありがたいことです。

 

 

 

佐伯さんに出会えて、本当によかった!!

 

いつも、ありがとうございます。

 

それでは、また。

 

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娘(送り主)が母親に言いたいことを伝えられたこと。

 

母親に理解してもらうことが大切なのではないです。

 

自分が、親に対して、言いたいことを言えたことが大切なんです。

 

 

 

ずっと怖れ続けてきた相手で、自分のことを理解してもらえた、ということがあまり無かった相手。

 

きっと、今回も、理解してもらえないだろう、っていう想定はあったと思います。

 

 

 

でも、母親への想いはずっとあった。

 

「自分が大変だった時に、分かってもらえなくて、悲しかった!!」

 

っていう想い。

 

 

 

伝えることに、相当な勇気が要ったと思います。

 

そして、その勇気に繋がったのが、子どもたち。

 

 

 

>父の代わりに柱になってくれた長女。

 

>母の代わりに愛情を注いでくれた次女。

 

 

 

親に愛されていなかった、と感じていても、子どもたちは自分を愛してくれる。

 

そのことは、本当に心の支えになったことだと思います。

 

 

 

そして、自分の言いたかったことを母親に伝えられた。

 

しかも、その時に、父親の優しさにも触れることができた。

 

 

 

 

 

冒頭にも書いたように、心の中で決心さえついていれば、親と決別したまんまだっていいんです。

 

それで、幸せな家族が築けない、っていうわけでもありませんから。

 

 

 

でも、親と向き合って、親に言えていなかったことを言うことで、前に進めることもあります。

 

親に恐怖を感じている場合、子どもから親に言いたいことを言うのは、恐怖が邪魔してなかなか言えません。

 

それでも、子どもたちに護られながら、言うことができた。

 

 

 

仲直りはできていなくても構いません。

 

「自分の気持ちを言えた」

 

っていうことが大切なんです。

 

 

 

親には、親の人生があって、子どもには、子どもの人生がある。

 

親は、子どもにとって絶対的な存在ではないけれど、それでも、子どもの心に禍根を残してしまうことがあります。

 

 

 

それも言ってしまえば、子どもの解釈に過ぎません。

 

「親は、こんなひどい存在だ」

 

みたいなのは、子どもがそう捉えているにすぎません。

 

 

 

だから、それも乗り越えるかどうかは、子どもの課題です。

 

自分の心にあったものを吐き出して浄化したいだけなのか、それとも、改めて、親との関係を良くしたいのか。

 

それとも、決別したまんまでもいいのか。

 

 

 

自分が生きやすければ、どれを選んだっていい。

 

そして、このメールで教えてくれているのは、

 

「いつからでも、親との関係は変えられる」

 

っていうこと。

 

 

 

子どもの頃は、怖かったけれど、自分の子どもたちに勇気をもらいながら、母親に想いをぶつけてみたら、母親は相変わらずだったけれど、父親の優しさに触れることができた。

 

今まで、「家族が怖い」って思ってきていたのが、変わった。

 

 

 

いつからでも、自分の勇気と、関わり方次第で、親との関係も変わる。

 

このメールを読みながら、そんなことを思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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