前回からの続き(9月6日のこと)です


源光庵を出て、また東に進んで行きます
信号を越えて、少しすると左手にそのお寺はあります

常照寺

住所・京都市北区鷹峰北鷹峰町45
御本尊・十界大曼荼羅
駐車場・あり(秋のみ有料か常も有料かどっちかです😅)
拝観時間・8:30〜17:00

駒札

寂光山 常照寺
 当山は、元和2年(1616)本阿弥光悦の土地寄進を受け、寛永4年(1627)その子光瑳の発願により日蓮宗総本山身延山久遠寺第二十一世寂照院日乾(にちけん)上人を招して開創された山城六檀林の一偉観「鷹峰 檀林」の旧跡である。

  吉野門と呼ばれる朱塗りの山門は、寛永三名妓天下随一の太夫と謳われた二代目吉野太夫(灰屋紹益の妻)が寄進したものである。

  境内には本堂を中心に開山堂、鬼子母尊神堂、常富堂、衆妙堂(書院)、梅樹庵(庫裡)などがある。また吉野太夫の墓所や吉野窓を設えた茶席遺芳庵、聚楽亭や全国でも唯一の帯塚などがある。 

  毎年四月第二日曜日には吉野太夫を偲ぶため「吉野太夫花供養」が行われ、太夫道中や供茶法要、茶会などが催され全国各地からの参指者で賑わう。

京都市
(原文のまま)
吉野太夫
本名 松田徳子
7歳より林又一郎に抱えられ、14歳で太夫となり吉野と名乗る
寛永8年上京の豪商佐野(灰屋)紹益に身請けされる
同20年8月25日、38歳で没
(京都・山城寺院神社大事典参照)

参道はこんな感じで、木が生い茂っていますあんぐり
その隣に駐車場があります指差し

参道の先には吉野太夫が寄進した山門
赤門、吉野門と言われる

くぐって振り返る

赤門くぐった先に見えるのが本堂

赤門くぐった右手にあるのは帯塚
帯に感謝し、祈りを捧げるため昭和44年5月に建立
塚石は、四国吉野川産の自然石(吉野石)
重さ 6トン
作庭は中根金作だそうですあんぐり
(由緒書き参照)

帯塚由緒も近くにありますひらめき
今回は文字起こしなしで😅

赤門と青紅葉

拝観
拝観料 400円

山内案内図

受付で拝観料(400円)を納めると、だいたい本堂で解説のビデオがあるので見てくださいというようなことを言われます

本堂
本堂にあがり、ビデオを見ると、吉野太夫のことがメインかな?のことが映像で流れました

本堂から見た景色

本堂から渡り廊下で向かう途中に枝垂れ桜がありました

渡り廊下を渡った先には、聚楽亭という建物があり、展覧会などもされてました😊

本堂へ戻り、本堂周辺を散策します😄
吉野太夫のお墓も見れるので、まずはそちらに向かいます
本堂を裏手に歩いて行くと、途中で奥に五輪塔があり、手前に解説?がありました

供養塔の記
この世はすべて縁で結ばれている わが社運の発展に寄与された故人の精霊を一処に収める塔を建てたいとのかねての念願がここにかなえられた  その冥福を祈れば幽明の心が通いあい帯塚のある常照講寺の山内に浄楽の華が永久に咲くであろう
(原文のまま)

後ろに見えたのはこの五輪塔
解説と関係あるのかな?🤔

そして更に行くと建物があります
これは東屋だったかな?🤔

その先に遺芳庵

先へ行くと遺芳庵の茶席のところへ
こちらの窓は下がまっすぐになっていてまん丸じゃないんです😅
完全じゃないことを意味してるとか!?😌

アップで

その先に吉野太夫のお墓がありました

正面から

その横には吉野太夫の解説
お墓を見たので、戻って行きます

本堂の左側には鬼子母神が祀られているお堂などがあります


そちらはどうも桜が多いようで、行ったときは緑に包まれていましたが、春は桜が咲き乱れているとか!?
春に訪れてみたいと思ってます😁

真っ直ぐ行った所にあるのが鬼子母尊神堂

アップで

その右手には鎮守社の常富大菩薩


アップで

その隣には妙法龍神と書かれた祠がありました


こちらで頂いた御朱印(300円)です

由緒書き

ここまで見て頂いてお分かりのように、本阿弥光悦が日蓮宗を信仰していたためもあってか、鷹峯は日蓮宗のお寺が多かったです
そして市内から外れているためか気持ち拝観料も安く、御朱印も今のところ300円という所ばかりでした
どちらもありがたい話です😊
秋は拝観料変わっちゃうんですけどね🤣
紅葉の頃、どんななのか気になったので、去年は早速に秋に訪れていますので、また後々秋の記事をアップすることになります😌

この日は歩きでこの周辺を攻めましたニヤリ
この日のこと続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ