前回からの続き(3月8日のこと)で、舞子公園のことです
旧武藤邸から駐車場へ戻る途中、舞子公園の石碑がありました😄

スゴい絵になるわぁ♪
違う道から戻って行ってラッキーでした
次に出会ったのは
明治天皇の歌碑

解説

明治天皇の歌碑
明治天皇は舞子の景勝をことのほか愛され、1885年以来、7回にわたって行幸されました。その最初の時の様子が、歌碑に3首の御製と共に刻まれています。
有栖川宮熾仁親王殿下が御別邸を建てられるまでは、舞子有数の料理旅館だった亀屋旅館がよく御在所となっていましたが、1928年の国道2号の拡幅工事で移転することとなり、1936年の国道工事竣工に合わせて、この旅館の跡に明治天皇の歌碑が建立されました。また、この歌碑は1998年の国道拡幅により、舞子公園内の位置に移築されました。
正面の御歌
播磨潟 舞子の浜に 旅寝して 見し夜恋しき 月の影哉
右面の御歌
あしたづの 舞子の浜の 松原は 千代を養ふ 處(ところ)なりけり
左面の御歌
播磨潟 舞子の浜の 浜松の かげに遊びし 春惜しぞ思ふ
裏面の記載
恭シク惟ルニ 明治天皇舞子二行幸アラセラルルコト御七回舞子風景 御追憶ノ御製三首アリ舞子及ビ縣民ノ荣誉之二過キタルハ莫シ殊二明治十八年七月山口廣島岡山三縣御巡幸ノ御砌畏クモ陸路蹕ヲ本縣二進ノタマヒ八月八日姫路二九日明石二御駐輦アラセラレ翌十日神戸二向ハセタマヒ御途次舞子河合卯兵衛宅(龜尾旅館) 二御小休アリ漁民補魚ノ状ヲ叡覧アラセラル蓋シ破洛ノ聖恩ナリ大正年間國道擴張ノ工起ルニ及ヒ当年ノ御遺跡其名残ヲ留メサルニ至ル洵二恐懼ニ堪へサルナリ因リテ舞子御追憶ノ御製ヲ刻シ奉リタル碑ヲ此地二建テ以テ之ヲ永遠ニ傅フ庶クハ聖徳拜慕二資スルコトヲ得ン
昭和十一年十一月三日
兵庫縣知事岡田周造ミテ誌ス
磚設計者神戸高等工業学校長 古宇田 實
(原文のまま)
正面、左寄りから

正面右寄りから

正面から

後ろを撮ってませんでした😂
孫文記念館と明石海峡大橋

舞子公園管理事務所

この建物の横?裏にこんな時計台がくっついてました

近くで見るのはこの日最後になる明石海峡大橋

少し前に淡路島へ行く予定が、怪我で中止になり、この橋を渡ることが出来ませんでした😅
今度はこの橋を渡って、淡路島へ行ってみたいものです😌
長くなりましたが、舞子公園のことはこれでお仕舞いです
次回は朝に訪れた古墳へ再び向かいます😁
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ