前回からの続き(3月8日のこと)で、舞子公園のことです
旧武藤邸を国道側へ回った時に、何か解説のある松がありました
根上がり松

住所・兵庫県神戸市垂水区東舞子町4
解説 舞子公園「根上がり松再生」

舞子の松林(昔の面影を残す自然の風景)
“須磨から明石は松原づたい”といわれた昔を思い起こさせる松林の景観が、今なお残されています。松林の中には、 ベンチや遊具が設けられ、憩いの場として楽しんでいただけます。
舞子の風景は、古くから歌によまれて多くの人に親しまれてきました。明治33年(西暦1900年) に初の県立公園として、「舞子公園」が開設されました。「鳳凰の舞うがごとき」と賞された老松の林と海峡の風景が広がる公園でした。
戦前まで松林は保たれていましたが戦後になって、台風、車の排気ガス、病害虫などにより弱り始めました。元気な松林に戻そうとさまざまな対策を行いましたが、弱り続けました。昭和30年代後半には最悪の状況になりました。このとき、松の総数は約1,200本あり、その内約150本が老松でした。
このため専門家の指導を受け、防風防潮林の設置、園路の整備、客土と施肥、肥料植物の植え付け、他の海岸縁に育った松を植えるなどの対策を行いました。この対策により昭和40年代後半から成果が現れ始め、松林は回復してきました。
昭和61年から始まった「明石海峡大橋」の建設とその関連工事のため、順調に育ってきた1,000本以上の松が移植されました。そして、新しく南側の埋立地が公園となり390本の松が、植えられました。
「根上がり松再生」の説明
この場所で行われる「根上がり松再生」の試みは、周辺地域の人々と一緒に昔の松林にあった「根上がり松」を長い年月をかけて造っていこうとするものです。
その造り方は、将来、地上から根が上がるように1.5mの盛土を行い、そこに舞子公園や周辺で育った松の苗を植え、 育てていきます。松が大きくなるにしたがって盛土を徐々に取り除いて「根上がり松」にしていきます。
この場所は海のすぐそばにあり、風や波しぶきの影響が強いところです。枯れる心配があるため、苗をたくさん植えました。この中から、成長の様子を見て、最終的に1、2本の松にします。
(原文のまま)
昔の絵や絵葉書について

右の絵は、安藤広重画 「播磨舞子の浜」で、 白砂青松の美しい海岸風景が描かれています。
舞子では、風や強い波により砂が流され、下の絵葉書のような形になったと考えられます。
舞子では、風や強い波により砂が流され、下の絵葉書のような形になったと考えられます。
(原文のまま)
まだ盛土があるということは、取る段階にまで至ってないんでしょうね!?🤔

昔の風景が甦って、それが見れたら素敵ですね😌
ましてや浜に松がある風景でも、昔のこちらの風景はそうそう見れなさそうなものですから😊
あと1回舞子公園のこと続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ
