前回からの続き(3月7日のこと)で、須磨海浜公園の続きです
海辺を歩いていると、点々と商業施設がありました

これは上と同じとこ

ここにムラサキスポーツという店があったのですが、神戸須磨シーワールドとコラボしてるチラシをシーワールドで取ってました
食べ物屋さんなんかもありました


海辺にこんなヤシの木が

解説

須磨海岸
願いの椰子の木
須磨魅力再発見
昭和62年、摩耶埠頭から須磨海岸へ5本の椰子の木が移植されました。
時が流れて.... いつの頃からかこの椰子の木に願い事をすると必ず叶うという噂を耳にするようになり、願いの様子の木と呼ばれるようになりました。須磨海岸のシンボルとして大切に守り育ててゆくことに。 どうかご協力をお願いいたします。
“あなたも願い事をしてみませんか?”
須磨観光協会
須磨海岸願いの椰子の木を守る会
(原文のまま)
アップで

これだけ見たら神戸とは思えない!?
(*´艸`*)
その辺りから明石大橋の方を望む

すると今度はモザイク辺りにもあるBE KOBEのモニュメントがありました

それもカラフル!😆
さっきのヤシの木と😄

アップで
わくらばに 問う人あらば 須磨の浦に
藻塩たれつつ わぶと答へよ
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる
まつとし聞かば 今帰り来む
中納言 在原行平
解説

九世紀中頃 当地で侘び住まいをしていた 源氏物語の主人公ともいわれる中納言 在原行平は 京へ戻ることのできないやるせなせを「わくらばに」の歌に託しました
親しくなった多井畑の姉妹 松風・村雨との逢瀬に心をいやされていましたが ある日突然の知らせにより京に帰ることになりました
「立ち別れ」の歌は二人との別れを惜しむ行平の気持ちがよく表された有名な歌です
藻塩作りの 須磨の浦 姉妹とともに 月を眺めた
いなば山(須磨離宮公園東の小さな山)
ここ須磨の地には 行平にまつわる史跡も多く 千年の昔より月見の景勝の地としても知られています
在原行平にちなんで この地域には 稲葉町 松風町 村雨町 磯馴町 衣掛町などの地名がつけられています
「在原行平ゆかりの地」の碑を建立する会
(原文のまま)
在原行平(ありわらのゆきひら)
818〜893年
平安前期の公家、歌人、教育家
平城天皇の孫
業平の兄
中納言、正三位民部卿、按察使(あぜち)に任ぜられる
壮年期に事に座し、須磨に流される
これが「源氏物語」須磨の巻のヒントになったとも伝えられる
小倉百人一首に歌が取り上げられています
たちわかれ いなばの山の 峰に生ふる
まつとし聞かば 今かへり来む
当時の国家的教育機関大学寮の付属機関別曹として奨学院を設立
(朝日 日本歴史人物事典参照)
ちなみに、弟の業平は漫画「応天の門」で菅原道真の相棒的なポジションで出てきてる人物です
こんな所で源氏物語と関連するものを見ることになるとは思わずビックリしました
そう言えば、この辺りのことも「光る君へ」で出ていたように思います![]()
この辺りのこともう少し続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ





