前回からの続き(1月11日のこと)です
堀川をそのまま上がって(北上して)行きます
押小路橋辺りから北を見たとこ

そこには解説板があります
石垣に刻まれた史跡二条城の歴史 
 この辺りの石垣は、二条城築城に伴って慶長8年(1603)年頃に築かれたもので、昭和14年(1939年)11月30日に二条城とともに国の史跡に指定されています。 
 東側の石垣とは積み方が全く異なることが一日見て判ることでしょう。 
 堀川に架かる二条橋の北側には「是ヨリ北紀州」と読める銘文が石に刻まれていることから、慶長5年(1600)から元和5年 (1619)まで紀伊国を治めた紀州浅野家が北の石垣普請を担当したと考えられています。 
 その他、21箇所の刻印が発見されています。それらの刻印は、 工事に関わった大名たちが受持分の石材が集石場や輸送の途中で分散したり紛失したりすることを防ぐために目印として刻んだもので、今風にいえば製品タグと考えられています。これらが見つかる範囲は夷川橋の北から二条橋の南までで、刻印は切り出した石の表面をさほど加工せずに彫り込まれているため、 見過ごして通り過ぎてしまうものが多く、石の隙間を覗き込んでやっと見つけられるものもあります。
京都市
(原文のまま)

画像のアップ


石垣があるのが茶色の部分くらい


現在、「決定版 日本の名城」というのが出ていて、二条城も既に出ています(13巻)
そこに石垣の紹介がある(P32)のですが、そこには創築期段階(慶長期)の割普請によると考えられる石垣はここと、あと2箇所しか残っていないと書かれていましたびっくり

そこにはこんな矢穴痕(やあなあと)
この矢穴痕というのは、石垣を割ろうとする時に彫られる穴のこと
(石垣の名城完全ガイド参照)

解説に載っていた刻印を探してみるのですが、案外分からないんですよね😂




これかなぁと思うものを撮っていますが、篠山城ほどはよく分からない😖
だんだん薄くなっているのかもしれません!?😅
同じように探しておられる方もおられました
( *´艸`)


途中には、こんな穴も

二条城の外堀まで続いているのかな!?なんて想像も膨らんでしまいますひらめき

竹屋町橋付近まで来ると、堀川はこんな感じになっていました😄

この日のこと続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ