前回からの続き(5月3日のこと)で、神護寺のことです

文覚上人御から下ってきて、途中から和気清麻呂墓所へも行けるんでないか!?と思われる分かれ道があり、勘でそちらへ向かいました
良い子のみんなは絶対真似してはいけない行為です😅
これ遭難の元ですから💦

道は相変わらず舗装などはされていません
見ての通り山道です指差し

ラッキーなことに、ちゃんと着きました泣き笑い

こんな感じで階段とかがあり、まさにここだろって感じのとこでした

その階段を上がって行くと

この様に柵がしてあります

駒札
和気清麻呂公墓所 
 神護寺の前身である高雄山寺を達立された和気清麻呂公は、神護景雲3年(769)、道鏡が皇位につこうとしたときに、これを否定する神託を持ち帰り、大隅国に流罪となる。 やがて召還され、長岡京さらに平安京の造営に尽力され、延曆18年(799)に没する。 明治31年(1898)、清麻呂公に正一位が贈られたのを記念し、公爵鷹司熙通が揮毫された墓碑が立つ。
(原文のまま)

中に石灯籠

アップで見ると石碑がありました

階段を降りた先には石垣があり、階段もあるようだったので行ってみると
そこは歴代住職(貫主?)のお墓のようでした😅

今度は違う道を降りて行きます苔むした道だったり、道も割りとなだらかだったりと、行きと大違いでした🤣



出たの鐘楼の横通って、和気清麻呂霊廟の横になります
和気公墓だけなら、ここから行った方がだんぜん楽だなって思いました😄

次回で神護寺のことは最後になります
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ