今回から春に行って、アップしてなかったとこのことに戻ります
2月1日のことです
この日は用事があったため、仕事を休み
それが済んだので、福知山の気になってたとこへ行ってみました
そこは去年の夏に福知山城の近くに建った施設です

右奥のやつね
福知山鉄道館 フクレル

住所・京都府福知山市市岡ノ32-20
開館時間・午前9時〜午後5時(最終入館は午後4時30分まで)
休館日・毎週火曜日(祝日の場合はその翌日)
12月28日〜31日、1月4日〜6日
入館料金・大人 500円、小・中学生250円、未就学児 無料
駐車場・近くに無料のがあり
その昔、福知山には同じく鉄道館で「ポッポランド」というのがありました
そこが閉館して、こちらに新しく建てられたって感じです😊
今回は珍しく1つにまとめているので長いです🤣
お城を向いた方に入り口があります

入り口を入ると、2手に分かれています
それを右側へ行くと、受付となります
その周辺にもこのような展示があります

撮影は入るときに確認取っています👍
入場口も改札口に

改札口(入館口)から見た様子

福知山鉄道館 フクレルへようこそ

Welcome to the FUKURAIL Fukuchiyama Railway Museum
福知山は古くから由良川水運や各地への街道が交差する交通の要衝として発展し、鉄道幹線の発達とともに「鉄道のまち」として広く知られました。 このような「鉄道のまち福知山」の歴史を伝える施設として、1998(平成10)年 に福知山鉄道館ポッポランドが開館し、幅広い層に親しまれていましたが、 建物の老朽化などにより多くのファンから惜しまれつつ2018(平成30)年 に休館しました。
福知山鉄道館フクレルは、ポッポランドの早期再開を求める市民請願や、 篤志家の浅田氏から建設のための御寄附をいただいたことを受け、鉄道とともに発展してきた福知山市の歴史とアイデンティティを継承し、観光促進や地域活性化を図ることを目的に、多くの方々に学び、楽しんでいただく施設として、2023 (令和5)年8月に新たに開館しました。
(原文のまま)
中はこの様になっています
鉄道のまち福知山

Fukuchiyama, City of Railways
古くから個性豊かな歴史や文化をもつ福知山。
その背景には、交通の要衝として栄えてきた歴史があります。
交通は人やモノ、文化や情報を運び、その先のくらしや経済を豊かにしてきました。
福知山では、江戸時代から市内の街道や由良川水運が交通の役割を担い、京阪神と北近畿を結ぶ交通の要衝として、人びとのくらしやまちの発展を支えてきました。
明治時代末期には大阪・京都から福知山の間が鉄道で結ばれ、街道から鉄道へと陸路の大転換が進むと、地方都市の鉄道としては異例の発展を遂げ、「鉄道のまち」 として全国的に有名になりました。
その鉄道が、まちの発展や人びとのくらしを支え、まちの発展が、交通の要衝としての機能をさらに高めることで紡がれてきた福知山の歴史。
「福知山鉄道館フクレル」で、その歴史を学び、感じ、触れて、鉄道のまち福知山をお楽しみください。
(原文のまま)
鉄道網の移り変わり

機関車のプレートが展示してあったり

福知山を走った機関車などが紹介されます

紹介してある機関車は
C11、C51、C54、C55、C57、C58、D51
DD54
真ん中にドンと鎮座していたのは

蒸気機関車C57 93の第3動輪

解説のアップ

1949(昭和24)年から1973(昭和48)年にかけて福知山線・山陰本線を走行した蒸気機関車C5793の第3動輪。1939(昭和14)年に旅客用蒸気機関車C57形式として93番目に製造され、名古屋や関東を走行した後、 戦後は福知山や豊岡で活躍しました。
動輪は、動力により回転し車体を前進させる役割を持ち、この動輪はボックス動輪と呼ばれています。1936(昭和11)年以降の機関車はそれまでのスポーク動輪にかわって、アメリカ発のボックス動輪が採用されました。また、蒸気機関車の動輪の大きさや数は、旅客用と貨物用で異なり、旅客用はスピードを重視した大きな動輪が3対、貨物用はけん引力を重視した小さな動輪が 4対で構成されています。
(原文のまま)
画像のアップ
鉄道管理局の誘致とまちのにぎわい

福知山が「鉄道のまち」といわれる背景のひとつは、戦後に設置された福知山鉄道管理局です。
全国27鉄道管理局のうち、近畿地区では、大阪、 天王寺、福知山の3局のみと、地方都市の福知山市への設置は異例の出来事でした。福知山市は隣接した自治体を巻き込んだ設置運動を展開し、誘致を実現しました。市内は鉄道を支えるために整備され、 また鉄道も市民のくらしや経済を豊かにしました。 鉄道と市民のあいだには「鉄道のまち」としての強い 結びつきがあったのです。
全国27鉄道管理局のうち、近畿地区では、大阪、 天王寺、福知山の3局のみと、地方都市の福知山市への設置は異例の出来事でした。福知山市は隣接した自治体を巻き込んだ設置運動を展開し、誘致を実現しました。市内は鉄道を支えるために整備され、 また鉄道も市民のくらしや経済を豊かにしました。 鉄道と市民のあいだには「鉄道のまち」としての強い 結びつきがあったのです。
(原文のまま)
なつかしの北丹鉄道

福知山から宮津までを結ぶ鉄道には、長い歴史があります。有志の発起人による福知山-宮津間の鉄道敷設運動から始まり、北丹鉄道が開業し、 福知山・河守間が開通します。河守-宮津間は数々の困難により開業を断念しましたが、最初の運動から約100年後、宮福線が開業し、ようやく実を結ぶこととなったのです。北丹鉄道は、開業から約 50年間沿線の人びとのくらしと経済を支えました。 宮福線を語る時、その礎となった北丹鉄道の歴史を決して忘れることはできません。
(原文のまま)
路線図のアップ
機関車の部品が展示してあったり

使われてた物なども展示されています

こちらはナンバープレートの解説

信号なども展示さてあります









































