前回からの続き(2月4日のこと)です
以前ダイジェストでアップしましたが、この日目指したのは醍醐寺でした
醍醐寺にも駐車場がありましたが、外の駐車場が安かったのでそちらで駐車🤣
(ただ桜の時期は上限が無くなるかもしれないのでご注意を指差し
そこから総門目指します
道沿いにズラ〜と幟が立っていました

醍醐寺
住所・京都市伏見区醍醐東大路町22
世界遺産
御本尊 薬師如来
HP 醍醐寺 

札所
西国三十三所霊場(第11番)准胝観音
西国薬師四十九霊場(第39番)薬師如来
真言宗十八本山 薬師如来
神仏霊場巡拝の道(第126番、京都46番)薬師如来
近畿三十六不動尊霊場(第23番)五大力尊
役行者霊蹟札所 神変大菩薩
駐車場 有料のがあり
歴史など
貞観16(874)年、開創
理源大師聖宝(りげんだいししょうぼう)が、准、如意輪の2観音像を自ら刻んで草庵に安置したことに始まる
延喜7(907)年、醍醐天皇の御願によって薬師堂建立
五大堂も完成し、上醍醐の伽藍が整う
延長4(926)年、山麓に釈迦堂を建立
天暦5(951)年、五重塔が落成
下醍醐の伽藍も整う
永久3(1115)年、三宝院が建立
第80代座主・義演(ぎえん)
足利義昭の猶子として三宝院に入る
その兄の関白二条昭実(あきざね)は、秀吉に関白職を譲る
応仁の乱で荒廃した醍醐寺を秀吉が復興したのはこの関白任官と無関係ではないと書かれていました
現代の寺観は、この時代の秀吉、秀頼のものだそうです
醍醐寺と有名な出来事と言えば、豊臣秀吉が行った「醍醐の花見」
慶長3(1598)年3月15日に行われたもの
この花見に合わせて、金堂、開山堂、如意輪堂、西大門(仁王門)が再建されたということです
文化財に指定されているもの
古い資料ですが
建造物 国宝6棟、重文10棟
絵画     国宝27点、重文177点
彫刻     国宝3点、重文24点
文書類 国宝5点、重文39,14点
工芸品 重文12点
未指定のものを加えると総数10数万点ポーン
(以降、京都・世界遺産手帳参照)
という未曾有の寺宝を持たれているようです
かれこれ10年から前の本の参照なので、更に増えているんじゃないでしょうか!?😅
なので、寺宝がそれくらい多いと参照にして頂けたらと思います🙇
なかなか行く機会がなく、京の冬の旅と絡めて初めて訪れましたニヤリ
先に書くと、この日はほぼここだけで終わった状態です🤣

左にある石柱には史跡 醍醐寺境内とあります

右側には西国霊場の石碑

総門
左のおそらく桜が咲いたら見事そうです♪照れ

総門の手前・右側

世界遺産の解説

左側

解説
 醍醐寺は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)で採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約に基づき、「古都京都の文化財」のひとつとして世界遺産リストに登録されました。このことは、人類全体の利益のために保護する価値のある文化遺産として、とくに優れて普遍的価値をもっていることを国際的に認められたことになります。
 醍醐寺は、伽藍が山上と西麓の平地とに分かれており、山上伽藍は貞観16年(874)に、平地伽藍は延喜4年(904)に整備が始められたと伝えます。その後たびたび火災にあい、16世紀末から17世紀初頭にかけて現在みられる姿に復興されました。
 山上伽藍の薬師堂は、保安5年(1124)に再建されたもので、平安時代初期の礼堂をもたない仏堂の規模・様式を伝えています。また鎮守社清瀧宮拝殿は、永享6年(1434)に再建された懸造の建物で、意匠的には住宅風に仕上げられています。
 いっぽう平地伽藍のうち、天暦5年(951)に建立された五重塔は、年代が明らかな建物としては京都における現存最古のもので、その外観は雄大で安定感があり、また初層内部に両界マンダラを描く点に密教寺院としての特色がみられます。金堂は、慶長5年(1600)に紀州満願寺の金堂を移築したもので、平安時代末期の仏堂の様式を残しています。三宝院の表書院は、豊臣秀吉による慶長3年の花見に際して増改築されたもので、寝殿造りの様式が取り入れられており、またこの横に広がる庭園も秀吉が直接指示して造らせた豪華なもので、池泉回遊式と枯山水が折衷されています。
 登録年月日 平成6年(1994)12月15日決定、17日登録
   京都市
(原文のまま)


歴史的風土特別保存地区について


駒札
 真言宗醍醐派の総本山で、平成6年(1994)に世界文化遺産に登録された。山上の上醍醐と山下の下醍醐から成る壮大な寺で、天暦5年(951)に完成した京都府域最古の五重塔(国宝)をはじめ、四万点にも上る多くの国宝や重要文化財を有している。
 平安初期の貞観16年(874)に理源大師聖宝が、笠取山(上醍醐)に登って観音像を彫刻し、安置したのが当寺の始まりとされており、延喜7年(907)に醍醐天皇の勅願寺となり、次第に大伽藍が整えられた。
 応仁の乱や文明の乱により、五重塔を残してすべて焼失したが、慶長3年(1598)に豊臣秀吉北政所らを醍醐の花見に誘ったことをきっかけに、秀吉の厚い帰依を受けて復興された。
 本堂の金堂(国宝)は、慶長4年(1599)に紀州(現在の和歌山県)湯浅の満願寺から移築したものといわれ、三宝院庭園(特別史跡及び特別名勝)は、華麗で豪華な桃山時代の庭園で、秀吉の権勢をしのばせている。霊宝館には、薬師如来坐像(国宝)や秀吉所用の黄金天目茶碗などが収蔵されており、毎年春と秋に公開されている。
 毎年4月第2日曜日には、1300人を従えて盛大に行われたとされる当時の花見に倣って「豊太閤花見行列」が行われ、多くの人でにぎわう。
 京都市
(原文のまま)

この場所には無い(駐車場側にあり)のですが、全体が分かりやすいので、境内図をまずはここに貼っておきます指差し

この日の冬の旅の目的

総門の先に見えるのは桜馬場
桜の季節は壮観なものだと聞きます
ウチの所長もかなりいろんな寺社を巡られていますが、桜の景観は一押しでした爆笑

醍醐寺の中にはこのような食事をするところもあります

次回は醍醐寺というより、冬の旅の三宝院のことになります
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ