前回からの続き(11月5日のこと)になります
翠裕の水を後にして、府道621号線(下世屋本庄線)を北上して行きます
すると府道652号線(久僧伊根線)の「厚垣口」という所に当たるので、それを左折
更に北上して行きます
途中「越山」という所で道が二手に分かれてますが、左手へ進みます
しばらく走ると左手に次の目的地がありました
丹後大仏(筒川大仏)
住所・京都府与謝郡伊根町本坂
駐車場なし
前の道幅が広いので、道沿いに駐車しても大丈夫でした
丹後半島に大仏があるということだったので見てみたかったんですひらめき

石標

階段挟んで反対側に解説板や石碑

解説板
 丹後大仏
 明治33(1900)年ここ筒川の地に建設された筒川製糸工場は、順調な発展を遂げ、農村経済の発展に著しく貢献していたが、明治42(1909)年工場を焼失し莫大な損失を蒙ったのである。
 だが、役職員一同一致団結して工場復興計画に協力し工場を復興させた。
 大正8(1919)年1月、工場長品川萬右衛門は従業員の慰労のため、全員を引率して東京見物の途に着いたのであるが折り悪く悪性の流行性感冒に見舞われ、帰郷後42名の死者を出すに至った。
 工場長品川萬右衛門は、殉職者の慰霊のため、ここに青銅の露天大仏を建立したのであるが、太平洋戦争中鉄類の供出にあい、昭和20(1945)年現在の石仏大仏を再建し今日に至るものである。
  丈六尺五寸  巾五尺八寸  奥行四尺
 爾後、毎年4月8日 花祭りを行い殉職者の冥福を祈り居るものである。
(原文のまま)
そうこんな山の中に大仏が鎮座しているのには、こんな悲しい物語があったんです
スペイン風邪で多く亡くなられたのを弔うためというのは読んだことがありましたが、その経緯がこういうことだったというのは初めて知りました悲しい

品川萬右衞門氏事蹟
その工場長の品川という方の事蹟が書いてあるようですが、あまりに文字が多いので、文字起こしはパス笑い泣き

階段の上がり口から大仏さまが見えています

階段途中の右側
石像の先には池もあるようでした

その反対側
こちらは招魂碑

途中には狛犬も

狛犬


周りに比べるものがないのでそんな大きく感じませんでしたが、丈六はあったそうですびっくり

おそらく外ということもあったんだと思います
室内の丈六さんは部屋いっぱいって感じでかなりデカく感じますから🤣

階段から見た府道57号線(久僧伊根線)

次回、目的地へ着きますが、ワンクッションありますf(^^;
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ