前回からの続き(10月9日のこと)です
御池通から移動して、太秦へ行きました
駐車場から目的のお寺へ向かう途中に駒札がありました
一ノ井遺跡(いちのいいせき)
住所・京都市右京区太秦垣内町3

駐車場なし

駒札
 一ノ井遺跡(いちのいいせき)
 当地は、秦氏の有力者、秦川勝聖徳太子から賜った仏像を本尊としたと伝わる広隆寺に近接しています。
また、奈良時代から江戸時代の遺跡、「一ノ井遺跡」に含まれます。
 2021年に当地で発掘調査が行われた結果、鎌倉時代よ柵や井戸跡、室町時代前期の建物跡などが発見されました。鎌倉時代の遺構が真北に対し北東に約三度振れているのに対し、室町時代の遺構は北西に約五度振れています。鎌倉時代の軸線は「山城国葛野郡班田図」の条里の方位に近似しており、古い様相を示しています。一方、室町時代の遺構は広隆寺旧境内の伽藍の軸線と近似しており、周辺の調査成果からも室町時代よ広隆寺門前の繁栄を考える上で大変貴重なものです。
  京都市文化市民局
  文化芸術都市推進室
  文化財保護課監修
(原文のまま)

駒札の横に石碑

その裏に解説
柱石  一ノ井遺跡出土
 一ノ井遺跡では、室町時代前期の建物跡を構成する柱穴の中より、挙大〜人頭大の石が多数見つかりました。当時の建物は地面に穴を掘り、そこに柱(掘立柱)を立てるつくり方で、建物の沈下防止の為に、柱の下に扁平な石(礎盤石)が据えられました。この建物跡は破却された後、柱穴の中に礎盤石がそのまま残された状態で埋没したと考えられます。
(原文のまま)

その横に祠のようなものがあります

その中には礎盤石?がありました

これくらいしか遺跡の跡はなくても、そこに確かに門前が栄えていた証があるというのが遺跡の面白いとこだと思いました照れ

太秦のこと続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ