今回から京丹波町のことが少し続きます
ここは以前訪れていましたが、単独で記事にしてなかったのと、こないだ読んだ「京都の不思議」でも取り上げられていたので近くを通ったので寄ってみました
国道9号線を京都からで言うと、船井郡に入り、丹波自然公園を越えると左手にひっそりとあります
京都府農牧学校跡

住所・京都府船井郡京丹波町曽根蒲生野67-15
駐車場なし
(画像は福知山方面から)
あるのは石碑とかくらいです😅

史跡 京都府農牧学校跡 日本三大農業教育発祥の地と書かれています

黒ぼくの大地を拓いた人々

明治9(1876)年から同12(1879)年まで、この地に我らが母校の前身とも言うべき 京都府農牧学校が存在した。青雲の志を抱いて各地から集まった生徒たちが、米国人ジェームズ・オースチン・ウィード先生を主任とする教職員から、当時最新のアメリカ式近代農業を学んだ。
授業は、今も保存されているアメリカの教科書、農具を用いて英語で行われ、馬に曳かせた米国式大農具を使って開墾がなされたという。学校の敷地は、約二町歩、四方に濠をめぐらし土塁を築いて、東西南北に門があった。この背後の池は、その正門前の濠の一部である。
駒場農学校(現東京大学)、札幌農学校(現北海道大学)と共に、日本三大農業教育発祥の地と謳われた京都府農牧学校は、もしその後も存続していれば、大学にもなりえた学校であった。
我々、船井郡立実業高校、京都府立須知農学校、同須知農林学校、同須知高等学校の卒業生は、ここを訪れる若き後輩諸君が、近代日本の黎明期にその礎を築いたウィード先生と先輩諸氏を偲び、彼等のあとに続いてくれることを祈念し、この碑を建立する。
平成12年4月吉日
京都府立須知高等学校 同窓会
(原文のまま、一部年号補足)
その裏には石碑にも書いてあった池(濠の名残)がありました

京都の不思議から抜粋すると
クラーク博士で有名な札幌農学校が開かれたのは明治9(1876)年
それだと上の文章と、同じになってしまいます🤔
遡ること、明治5(1872)年に勧業政策として、京都牧畜場が鴨川の東岸(現在の京大病院)に作られたということです
そこで搾りたての生乳を販売し、乳製品も製造していたそうです
この時、御所御用達の「京の牛乳」として知られた(僕は分からないですが)😅松原牛乳も発祥したとのことです
そして牛や豚の飼育が進むと、明治9年に船井郡へと分場が開設され、京都府農牧学校も誕生しました
短い期間で廃校になった理由は、ウィード先生の任期満了で後任がみつからなかったためだそうです
そして市内の牧畜場も明治13(1880)年に民間に払い下げられてしまいました
その時、新島襄も存続に尽力されたそうですが、存続が叶わなかったそうです
これらのことも以前紹介した「京都の不思議」に紹介してありました
昼はこないだ行った展覧会のことになります
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ

