今回も亀岡市の神社散策のことになります
今度の場所は国道9号線沿いとかでなく、西側の山を越えた国道372号線沿いの場所になります
京都方面からだと、明智光秀関係の谷性寺やききょうの里を越えて、ファミマの亀岡宮前町店辺りになります
ファミマを越すと、宮川という信号があります
そこを左折します
突き当たりを左折すると、亀岡宮前郵便局があるので、その手前の道幅が広くなっているとこに停めて、山側へ歩いて向かいました
村の中は車1台分の道幅
郵便局の手前の道を右折して、
突き当たりまで行き、右折すると下の画像のとこに出ます
白い看板は「半国山ハイキングコース」と書いてあります

そこを登って行くと、すぐ左手に地蔵堂
この先にハイキングコースのための駐車場(無料)がありました
ここまで車で来ると、神社には駐車場が無いのでそこに停めさせてもらうしかないと思います😌

その先にあるのが式内社の比定社の宮川神社
住所・京都府亀岡市宮前町宮川
旧社格 式内社 村社
延喜式神名帳の丹波国船井郡の式内社・神野神社に比定される神社
御祭神 伊賀古夜姫命 誉田別命
駐車場なし

階段を上がって、真っ直ぐ柵を開けて入るのか?と思ったら、左側に鳥居がありました(笑)

由緒ほか

亀岡の自然100選 宮川神社・金輪寺一帯

標柱の前に咲いてた花

由緒
祭神に伊賀古夜姫命誉田別命を祀る。
当社の創建は文武天皇大宝年間(701~705)山上に伊賀古夜姫命を鎮めたのが起源とされ、古くは神野山と称し延喜式にいう神野神社に比定される。また、誉田別命(八幡大神)は欽明天皇32(571)年に宇佐八幡宮より神野山山中に遷し祀られたと伝えられ今に社地を八幡平という。天正5(1577)年明智光秀波多野秀治の合戦の際両社とも焼失し、その後落雷不作が続いたので、正保4(1647)年山麓の現在地に社殿を移し二神をあわせ祀り、名称も宮川神社と改めたと伝えられる。伊賀古夜姫命は京都下鴨神社の祭神玉依姫命の母神であり、下鴨神社と関係深く葵祭の行列には氏子青年が奉仕に参加している。
(原文のまま)
神社へ着いたとき、地元のじいちゃんと少し話す機会があったので、聞いていたら
確かに葵祭のことを言われてました
最初は京都に近いからなのかと思っていたら、そういう関係があったからかと由緒を読んで納得しました
市内じゃないけど、京都のお祭りと関係しているとこが、周辺にもあることを改めて感じました
最初に感じたのは、山国神社(京北)と時代祭の関係です照れ

鳥居から見た境内


狛犬


参道の土塀のとこに自然の石がそのまま使われてるという(笑)

参道の突き当たりまで見ると拝殿などが見えてきます

拝殿

手水舎

そこの龍から滝のように水が!笑い泣き

この辺りから撮った境内の動画


階段を上がると本殿

周りは苔ムシムシ霧

拝殿の横から杜へ繋がる小道

横には小川が流れています


本殿側を振り返る

再びこの辺りから撮った動画


先にはプチ滝になっているとこも

奥には貴船社がありました
この日唯一晴れた瞬間爆笑

更にその奥(と言っても一周回って本殿に戻りますが)には玉依姫命社

戻ると本殿のとこに出ます
すると本殿裏には巨石がありました

盤座?

ちなみに最後のとこを左へ行くと三差路に行きます
最初勘違いしてここに出て、右へ歩いて行きました

ここも車1台分の道😓

道沿いには神社で見た小川が走ってます
こちらからは神社へは入れないのでご注意を🙋
なおこの道をずっと行くと、金輪寺というお寺に着くそうです
先に出た地元のじいちゃんと少し話してたら
修験道のお寺(聖護院派)で、ご住職もおられるということでした
こちらは伺っていません

ちなみにここより京都寄りにある谷性寺とききょうの里の記事を貼っておきます



少し国道372号線沿いの話が続きます
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ