前回からの続きです
令和3年4月3日のことです

長野大神宮社を後にして、府道363号線を西へ向かうと再び国道477号線に合流します
それを南下して行くと、南丹市の八木町神吉というところへでます
そこから府道50号線(京都日吉美山線)を北上
途中から紅葉山トンネルへ抜けます
その降りたとこらに幡日佐神社という式内社があります
そこが次の目的地で、今回は式内社巡りになります
幡日佐神社(はたひさじんじゃ)
住所・京都府南丹市八木町氷所中谷山11-73
旧社格  旧村社 式内社
御祭神 品陀和気命 氷室命
神社の前辺りに停めれるスペースあり
村から神社まで少し狭いところがあるのでご注意を🙇

由緒
延喜式内
 幡日佐神社
祭神 品陀和気命
   氷室命
  元明天皇の和銅年間(708~714)中、谷山より光芒燦として幡のたなびくが如き霊感あり、天長地久の瑞兆なりとして氷所明神の名を幡日佐大明神と改め故宮よりこの神域に奉遷した
 寛文9(1669)年氷室命を合祀し古来式内社として弘く崇敬を聚めた
 例祭は10月21日で、神功皇后三韓征伐の史実に倣い神幸の神事流鏑馬(やぶさめ)など古式によって伝えられ、穀物の豊凶を卜うことになっている
摂末社 若宮神社 応仁天皇
    粟島神社 少彦名命
    稲荷神社 宇賀御魂神
    諏訪神社 諏訪大明神

祭儀 祈年祭 2月11日
   粟島祭 4月3日 9月3日
   氷室祭 7月1日
   例祭  10月21日
   新嘗祭 11月23日
(原文のまま・一部補足)
Wikipediaで歴史を見ていると
神吉下村(現・八木町神吉)に朝廷に献上する氷室が設けられていたということです
その地に氷室大明神が鎮座
その後、時期は不明なれど分祀を氷所に建てたのが当社の創建と云われている
当初は、現境内の南方に故宮が営まれ氷所大明神と称した
和銅年間、幡谷山に八流の幡が天から下り、そのうちの一流が氷所大明神の境内樹にかかったとこから、幡久大明神と改める
天正19(1591)年、故宮の地から、現在地へ移転
氷室大明神が戦乱のため焼亡したため、寛文9(1669)年に同神を合祀
下の扁額の画像にもがありますが、以後氷室幡久両社大明神と称した
(画像では神社)
更に明治9(1876)年に現在の幡日佐神社に改称
という歴史となっているようです

ちなみに、上記した氷室とは
氷を貯蔵し夏に献上する場所のことです
丹波国桑田郡では、池辺というところが氷室に比定されているそうです
他にも、京都市北区西賀茂、衣笠、左京区上高野などに氷室町という地名があるそうなんで、そこにもあったと推測されます
(京 天と地と人参照)
この氷室は謡曲「氷室」の舞台にもなっているということでした
氷室の名前は、今では近くにある氷室の郷という施設で残っているくらいかもしれません
氷所の方は、地域名のような形で残っているようです

扁額

山の裾野にあり緑豊かです♪照れ

参道を歩くと階段が

その手前の狛犬


階段上がったとこに拝殿
この日は村の方が、掃除とかされているようだったので、お詣りしてすぐ引き上げます😁

その奥に手水舎

その左手に稲荷社

石碑
内容は寄進のことが書いてあるような?

本殿

中の狛犬がまたインパクト強かったです爆笑


両脇に境内社
右手は作業さるてたので撮ってません( ̄∇ ̄*)ゞ

ちょっと夫婦○○とは言えないかなぁ😅
見事に2つに分かれてる木がありました

太陽の陽が森の一部に差し込んで、まるで何かが降臨しそうな…( *´艸`)

動画も撮りました


後で気づいたのですが、神社の鳥居手前(村を抜けたとこ)にはたぶん神社の神池であろう池がありました

次回は同じ南丹市で天上の木を巡ります
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ