前回からの続きです
令和3年4月3日のことです

今回は黒田百年桜に隣接して建っている神社のことです
春日神社
住所・京都市右京区京北宮町宮野91-1
御祭神 建御賀豆知命(たけみかつちのみこと)
    伊波比主命 (いわいぬしのみこと)
    天之子八根命(あまのこやねのみこと)
    比売神(ひめがみ)

桜が咲いてるバージョン😁

由緒
 山紫水明のこの地は、古代より藤原氏との関係が深く、奈良の春日大社のご祭神を勧請して、宮野大明神として創建され、今年【平成24(2012)年】で千年を迎えました。【長和2(1013)年】桓武天皇の平安遷都に伴い、当地は禁裏御料地となり、平安京の御造営には大量の木材が筏により都へ運ばれました。その事により、林業が飛躍的に発達し、明治の時代に私有地化してからも昭和40年代までの永きに亘り、恵み多い郷として栄えてきました。
 又、明治42(1909)年には、黒田発電所が建設され、都へ電気送る一大事業がなされ、黒田の地に京都府下初のトンネルも開通し、歴史にその名を残してきたのです。
 本殿は、京北では数少ない三間社造りで、鎌倉時代(1265年)に皆造営され、花の元禄16(1703)年に現在の本殿が造営されました。
 江戸時代の1723年に春日大明神(正一位)、明治16(1883)年に春日神社と公定された。
 昔から都へ十里と遠く、この地で大社のお詣りが出来る小宮さん十一社と稲荷山に正一位稲荷大明神をお祭りし、朱の鳥居を連ねています。
 宝蔵は、建武4(1337)年と古く、市文化財に指定されています。
 近年は、幻の珍種と詠われる「百年桜」の人気が高く、大変なにぎわいとなります(四月下旬)
 境内には、生命力をあただく紅梅や松月桜が立派です
(原文のまま・一部年号補足)

神門と狛犬

狛犬


手水舎

駒札
京都市指定有形文化財
 春日神社宝蔵一棟
 京北地域の神社には、経典や掛け軸を収めるための小型の板倉(板壁の倉)がいくつか残っている。建武4(1337)年建立の春日神社宝蔵は、京北地域で確認できる現存最古の遺構で、かつて大般若経六百巻と十六善神像が収蔵されていた。
 当宝蔵は、桁行一間(幅1;98m)、梁間一間(奥行1.98m)、屋根は切妻造(本を伏せたような山形)で、杉皮葺をカラー鉄板で覆っている。土台や柱など主要部材にクリ材が多く使われていること、板壁の外側が格子組となっていることなど、材料や構法に珍しい点が見られる。屋根などは後世に改造されているが、全体に元の古い材がよく残っている。
 春日神社宝蔵は、京北地域における現存最古の珍しい形式を持つ板倉として貴重である。十四世紀に遡る板倉は、京都市内においても希少であり、極めて重要である。
 平成22年4月1日指定
(原文のまま)

拝殿?

左手に石があり、駒札がありました

硯石
 皇1992年(西暦1332年)北朝初代天皇の光厳天皇御在位一年にして佛を信じ法皇となられ現京北町内に佛堂を建立せんとして黒田地区内のあちらこちらと跋渉され笹部から谷に入られ中食の刻となりこの石に腰掛けて食事をとられこの足の窪に墨すられて和歌か佛語か知る由もないが文字を書かれ当時当地の住民がこの谷を中食谷と云いこの石を硯石と名付けて口伝されて来たが度重なる洪水により二転三転して今後所在不明となるに忍びず平成12(2000)年12月2日に搬入安置奉納したもので向後文芸上達の石として崇められることを期する
 京北町文化財を守る会黒田支部
(原文のまま・一部年号補足)

神門くぐった左手には紅梅

解説
 この「紅梅」は「サルスベリ」と「紅葉」の古木とともに、本殿建築の記念に植樹されたもので樹齢三百年を過ぎ痛みもはげしい事となっておりますが、大へん美しい花を沢山つけ、人々をおどろかしています。
 今日では、そのたくましい生命力(樹幹に新しいバイパスを造っている)にあやかろうと木を撫で願いをかける人々が多くお詣りされます。
(原文のまま)

本殿の右側の境内社

その前にある撫で石
 旅に出る時、遠くへ出かける時、願事をとなえながら、この石を撫で出発し、帰って来た時感謝して撫でましょう
(原文のまま)

本殿の左側

本殿

本殿のとこに居た狛犬もいい感じのものでした♪ラブ


ちなみに黒田百年桜が咲いてないときも、神社の手前や

百年桜のもう少し左側の桜は普通に咲いていました👍

最初に行ったときは桜祭はされてませんでしたが、次来たときはこちらに出店なんかもありました😄

黒田案内板

むかしの黒田の解説
こちらは書き出ししないので、気になった方はアップにして見てみてください(..)

祭りの時に頂いてきたチラシも貼っておきます


次回は天上の木のことになります
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ