前回からの続きです
(令和2年11月1日のことになります)
鞍馬口通りから寺町通りに戻って、下って(南下して)行きます
しばらくすると左手に山門が見えます
天寧寺(てんねいじ)

住所・北区寺町鞍馬口下ル天寧寺門前町301
御本尊 釈迦如来
霊場 釈迦三十二禅刹
御朱印対応あり
駐車場数台分あり
駒札

山号は萬松山(ばんしょうざん)と号し、曹洞宗に属する。
当寺は、もと会津(福島県)城下にあったが、天正年間(1573~1592)に、天台宗松陰坊の遺跡といわれるこの地に移転されたと伝えられている。その後、天明の大火により堂宇を焼失したが、本堂は文化9(1812)年に、書院は天保14(1842)に再建された。
本堂には、仏師春日作と伝える本尊釈迦如来像を、観音堂には後水尾天皇の念持仏聖観音像及び東福門院の念持仏薬師如来像を安置している。
境内墓地には、江戸時代の茶人として有名な金森宗和(かなもりそうわ)、剣道示現流の開祖といわれる善吉(ぜんきつ)和尚らの墓がある。また、山門を通して眺める比叡の秀峰は、あたかも額縁に入れたように見えるとこから、山門は「額縁門」と呼ばれて親しまれている。
(原文のまま)
上記に示現流とあります
幕末好きな方なら引っ掛かる名前なのではないでしょうか⁉
示現流と言うと、薩摩藩士の操る剣技だからです
その開祖がこちらだっということに驚きです!
薩摩藩での流祖は東郷肥前守重位という人物だそうですが、天正16(1588)年に藩主島津義久に従って在京したとき、こちらの善吉和尚に会って奥義を伝授されたことが始まりということです
山門の左手には金森宗和の石碑があります

金森宗和
1584~1656年
江戸時代初期の武士
飛騨高山城主・金森可重の子。名は重近。
はじめ豊臣秀吉に仕え、のち徳川氏に仕える。
父の勘当を受け、慶長19(1914)年京都で隠棲。
大徳寺の紹印伝双に師事し、剃髪。
この時から宗和と号する。
近衛信尋、鹿苑寺の鳳林承章、小堀遠州、片桐石州らと交友あり
侘茶の千宗旦と対比され「姫宗和」と呼ばれる優雅で上品な茶風で、禁中、公家の茶の湯に大きな影響を与える。
陶芸家の野々村仁清も指導を受ける。
茶室に、大徳寺真珠庵の庭玉軒、鹿苑寺の夕佳亭、興福寺慈眼院の六窓庵(東京国立博物館に移築)など
(由緒書き引用)
その斜め裏には天寧寺が来られる以前にあったという松蔭坊遺跡の石碑

山門

額縁寺と言われてたので、しっかり見て行きます

ちょっと近すぎ⁉😅
上の方が額縁っぽかったかな?(´▽`;)ゞ
参道が真っ直ぐ伸びているので、それに沿って見て行きます

山門くぐると、まず左手に観音堂

こちらが駒札にも書かれたように、後水尾天皇の念持仏聖観音像及び東福門院の念持仏薬師如来像が安置されているようです
その先は表門のようですが、花とりどり♪

天寧寺 本堂・書院・表門 京都市指定有形文化財

天寧寺は曹洞宗の寺院である。境内の主要な建物は、天明8(1788)年の大火によって旧堂が類焼した後、十九世紀前期から中期にかけて建てられた。
本堂は、文化7(1810)年に上棟された六間取りの大規模な建物である。正面に向拝を設け、前列三室を仕切らずに一つの空間とし、後列中央間に来迎柱を立てて置仏壇とするが、これは同じ禅宗の一派である臨済宗寺院の方丈建築とは異なる構成である。
書院は弘化2(1845)年の造営で、床の間・床脇、付書院を持つ十五畳の上の間と、同じく十五畳の下の間からなり、その周囲に入側縁をまわす。西北隅に一間四方の室が張り出すのが特徴である。
表門は安政4(1857)年建築の薬医門で、構造や意匠に禅宗様の要素が見られる。
これらの建物は、江戸時代後期の伽藍の形態をよく伝えている。また市内においては数少ない曹洞宗の近世寺院建築として貴重である。
(原文のまま)
京都市登録天然記念物 天寧寺のカヤ

カヤは山林に散生する常緑高木です。社寺境内や沿道に植栽されることも多く、ヨーロッパでも公園や庭園によく配植されます。材は碁盤に使われることで知られます。
このカヤは樹高16.2m、胸高の周囲は4.78mあります。頂部には落雷のあとが、また幹の本堂側には天明8(1788)年の本堂火災時に受けたと思われる傷痕がみられます。
市内有数のカヤの大木として、昭和62(1988)年5月1日、京都市登録天然記念物とされました。
(原文のまま・一部年数補足)
山門の右側は、この頃はちょっと草ボーボー気味?😓

そこには時期じゃないから咲いてなかったけどシダレザクラもありました

解説

(枝垂桜)別名・イトザクラ
エドヒガンの園芸品種、細い枝がしだれるものをいう。
枝がしだれる原因について、最近の研究で枝や葉の成長速度が、しだれない種類より速いために自重によって枝が垂れ下がり、その後、木質化が起こり、しだれが固定されるということが解ってきた。
花は3月下旬~4月上旬、葉が出る前に開花するのはエドヒガンの特徴。淡紅色またはやや白色の花が散形状に2~5個つく。がく筒(がく片がまとまってつき、筒状になっている部分)は紅紫色で、まるくふくらみ上部がくびれたつぼ形になる。
(原文のまま)
そこ振り返ると、山門くぐって左手には祠があります









