前回からの続きです
(令和2年10月4日のことになります)

谷川駅へ行ってから、前にこの辺りの散策した時、山南で行っていなかった神社へ向かいました
高座神社(たかくらじんじゃ)
兵庫県丹波市山南町谷川3557
御祭神
主神 高倉下命(カタクラジノミコト)
配祀 天火明命(アメノホアカリノミコト)
   経津主命(フツヌシノミコト)
   建田背命(タケダセノミコト)
   比賣神(ヒメガミ)
式内社
無料の駐車場あり

本殿は重文となります

大鳥居をくぐると、そこに随神門

左手に社号標

その裏に還暦記念玉垣奉献の碑
その前に彼岸花♪

随神門の右手に手水舎

随神門をくぐると、そこに案内板

案内板

案内板の裏辺りに還暦記念

その横に大きな木があります

高座神社のフジキ(県指定文化財)解説
 「フジキ」はマメ科の落葉高木で、「ヤマエンジュ」とも呼ばれ、成長すれば普通15m程に達する。本州福島県以西や四国地方の湿気の多い山中にまれに生える。
 その条芽は柔らかく、白い帽子のような薄い膜に包まれており、春になるとこの帽子を破って若芽が出る。花は白色で、夏に枝先から15~25cmの複総状花序をつける。種実はマメ科特有のさやに入っていて、さやの大きさは4~9cmになる。
 当神社のフジキは、根周り6.8m、目通幹囲3.5m、樹高約20mで、兵庫県下は勿論全国的にも大変貴重なものである。
を原文のまま)

反対側くらいに社務所

石造鳥居本殿

石造鳥居(市指定文化財)の解説
 この石造鳥居は、高さ4.57m、柱の下部真々3.80mの、すっきりとした形のよい明神鳥居であるが島木の鼻の截り方はほぼ鉛直で笠木の両端の反増は少ない。
 向かって左柱前面に元禄6(1693)年の造立年・右柱前面に寄進者名が刻まれている。
 貫の中央部が破損したために現在は新しい石材と取り替えてあるが、古材は神社に保管してある。
 石材は谷川地区の奥山から切り出したもので、今でもその跡があるといわれている。
(原文のまま)

狛犬


拝殿

ヤマハギが拝殿の前に咲いてました

略記
 創建年代は不詳
延長5(927)年に撰進された延喜式神名帳に丹波国氷上郡十七座の首座に登載
一説には、元慶3(879)年、金屋村に初めて社を建ててまつり、弘治3(1557)年に現在の地に遷座したと伝わる
 江戸時代には当地の領主・織田家(柏原藩)の崇敬厚く社領の寄進を受ける
(由緒書きより抜粋)

本殿(県指定文化財)の解説
身舎(もや)正面桁行五間・梁間二間・庇(ひさし)一間の流造で、一間の唐破風造の向拝を付け、背面は柱間六間、桧皮葺(ひわだぶき)屋根正面に双千鳥破風(ふたつちどりはふ)をおくという特異な形式を持っている。
 斗きょうは和様三手先で、手はさみ・かえる股・板支輪の彫刻や、妻組の構成に当時盛行した手法が駆使されて、他に例のない貴重な遺構である。
(原文のまま)

拝殿前でぐるりの動画撮ってます


境内社(本殿右側)二宮神社(左)と皇大神社(右)

そちらから見た本殿

解説に書かれてたように立派なものです♪おねがい


次は本殿左側から


左側にある境内社・五大神社

本殿の後ろ側に鳥居がありました
そしてちょっと滝のように

境内社の横に奥の院の表示があったので、登ってみましたニヤリ

少し上がって行くと、本殿の後ろ側くらいに奥の院がありました


奥の院

社務所へ行くと、居られて御朱印の対応をして貰えました♪照れ


そして小冊子になっている由緒書きも♪
社務所が住居ということで、用事で居られない限り対応して頂けるということでした
ニコニコ

これで10月4日の散策はお仕舞いです
昼は17日のことの続き、明日の朝はマンホールカードを貰いに行ったこととなります
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ