前回からの続きです
(令和2年9月27日ことです)

次に向かったのは、太田垣蓮月のお墓があるというお寺でした
大将軍神社からは西へ向かいます
西方寺
住所・北区西賀茂鎮守庵町
御本尊・阿弥陀如来
駐車場・有料駐車場が隣にあり
60分300円、以降60分100円

駒札
 来迎山と号する浄土宗の寺である。
 承和年間(834~848)に円仁(慈覚大師)が創建したと伝え、もとは天台宗山門派に属していたが、正和年間(1312~1316)に道空上人が中興して浄土宗に改められ、以後、六斎念仏弘通の寺として知られている。
 毎年8月16日には、五山送り火の一つである船形万燈籠が点火され、終了後、境内で六斎念仏が行われる。当寺の六斎念仏は、鉦や太鼓を使って念仏を唱える極めて古風なもので、六斎念仏の古態を今に伝えるものとして知られており、昭和58(1983)年に重要無形民族文化財に指定されている。
 境内には、皇室制度や神道史の研究家として知られるイギリス人リチャード・ポンソンビーの碑が建てられている。また、背後の小谷墓地には、幕末の歌人太田垣蓮月尼や上賀茂神社の祠官賀茂季鷹(かもすえたか)、また著名な料理人で陶芸家でもある北大路魯山人の墓がある。
(原文のまま)

山門をくぐると、すぐ本堂が見えます

左手にはお地蔵さん群

本尊美君碑
こちらはリチャード・ポンソンビーの碑
リチャード・ポンソンビー
1878~1937年
教育家。思想家。
イギリスの貴族の家系でロンドンに生まれる
明治37(1904)年来日
日本の神道・皇室を研究
大正13(1924)~昭和7(1932)年まで京都府立第一中学校で英語を教える
日本の神を敬い、日本の皇室を尊び、日本の国を愛し、日本に死んだ英人日本学者と尊ばれ、多くの門弟を残す
著書「ポンソンビー博士著作集」英文六巻
(京都大事典参照)
こんな外国人も居られたんだと初めて知りました

故蓮月尼紀念碑
こちらはお墓でなく記念碑

玄関側から、手水鉢と

本堂前
境内はほぼこれだけ

お寺の前の道を先へ行くとこちらの墓地へ続きます
そこに蓮月のお墓があるので行ってみました
階段の登り口に案内があります

その階段を上がると、再び案内があります
ここを右

そこを上がると左手に大きな木があり、その袂にありました

太田垣蓮月墓
北大路魯山人のお墓があるというのは、記事を書いてるときに気づいて確認してませんでしたf(^ー^;

近くに池があり、蓮?か何かが咲いてそうでした

こちらで御朱印があるか訪ねたら、されてないということでした
周辺散策は続きます
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ