前回からの続きです
始めの画像は今回もまた同じ(笑)
画像をよく見て貰うと、茅葺き屋根の落柿舎(中央)の左横に鳥居のようなものがあります

有智子内親王(うちしないしんのう)墓


有智子内親王は嵯峨天皇の皇女
807~847年
初代の加茂齋院にて、当代第一の漢詩人との名誉を得られた方だそうです
その当時17歳
天長8(831)年、病のため齋院を退く
嵯峨西荘に閑居
作品は経国集などに収められる
(京都大事典、落柿舎・冊子参照)
その加茂齋院の場所は現在の櫟谷七野神社があるとこのことだと思います
行ったときに、そのような石碑を見ましたから→櫟谷七野神社
有智子内親王墓の横の道を北上して行くと、こんな石碑が右手にあります

この辺りは西行が出家した当時の草庵の趾と古来より伝承されている場所なんだそうです
(落柿舎・冊子参照)
更に北上して、嵐山散策まだしばらく続きます
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ





