前回からの続きです
黒部銚子山古墳から国道482号線で南下していると、右手に神社があります
帰りだと分かりづらいのですが、行きしはよく見えるので気になってたので寄りました(笑)
多久(たく)神社
住所・京都府京丹後市峰山町

鳥居の手前(左側)に忠霊碑

その先にこんな標識を見つけました
府史跡 湧田山古墳群

由緒
こちらは延喜式式内社
祭神である豊宇賀能ぬの命(とようがのぬのみこと)は「丹後国風土記」にいう比治山の天女とされ、万病を治す酒を作ったことから、明治期まで天酒大明神とも称したそうです

一の鳥居

手水舎

二の鳥居

略記

狛犬


狛犬の先から振り返る

ちょっと変わった造りの門でした

拝殿

本殿彫刻

こちらも大宮賣神社の時のように全体が覆われてました
今年は雪が少ない(今のところ降らない)ですが、例年なら多いんでしょう?
その対策なんだろうなと思います(推測)

境内社

こちらの裏山は古墳(湧田山古墳群)になっているということで登ってみました
( ̄∇ ̄*)ゞ



入り口にこちらの解説があり、2枚目は古墳の解説でした
それによるとこちらの古墳も前方後円墳で全長100mもあるそうです!Σ( ̄□ ̄;)
年代としては、奈良県の日本最古の前方後円墳・ホケノ山古墳と同年代と言われているということでした
形も似ているとのこと
がしかし、登ってはみたものの解説板が有るわけでもなかったため、山にしか見えず
( ´~`)
断念して山(古墳)を下りましたショボーン

ちなみにこの辺りは丹波郷(たんばのごう・丹波・矢田・内記・荒山・橋木地区)と呼ばれているそうです
和銅6(713)年までは前にも書いたように、丹後・丹波・但馬の三丹を丹波と言っていたようですが、それ以降はその後の丹波(桑田・船井・多紀・氷上・天田・何鹿❨いかるが❩の5郡)と呼ばれる地域と分かれてしまいました
三丹が丹波と呼ばれていた頃は、この辺りが丹波郷と呼ばれるくらいなんで、中心地であったのではないかと言われているみたいです
(京都府の歴史散歩参照)
この近くの平野には海軍の河辺飛行場(訓練)も建設されていたということです
これはやはり前にも書いた戦中いろんなとこに造られてた飛行場の1つですね
どこも跡は残ってませんが、何かしら残っているとこは巡ってみたいと思ってます

今回は古墳が続きましたが、こんな本も出ています
[畿内]古墳探訪ガイド
Googleアースの画像を用いて古墳の位置などが解説され、場所を掴むにはもってこいの本だと思います
Σd(・∀・´)
今回紹介した古墳なども紹介されていますウインク

ほんとはこの後、帰りに福知山の小さな神社に寄りながら帰りましたが、それはまた丹波国神社巡りとしてまとめてからアップしていきたいと思います
これで1月13日の散策は終わりです
次回からはお蔵入りしてたものをアップしていきたいと思ってます
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ