前回からの続きです
塩小路通りに戻り、再び西へ向かうとすぐ「粟嶋堂」があります
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こちらは駐車場入り口(南門)
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駒札
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解説板

右手を見たら、そちらにも山門があったのでそちらに行くと
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こちらが正面門
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寺号標
こちらは正式には宗徳寺
室町時代、紀伊国から粟嶋明神を勧請して宗徳寺の鎮守社として粟嶋神社として祀られていたのが、神仏分離により粟嶋堂と改められたんだそうです
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神殿
神殿に祀られてるのは虚空蔵菩薩

由緒によると、アワシマ信仰の祭神は粟嶋大明神
その粟嶋大明神は、医療の祖神である少彦名命(スクナヒコナノミコト)の垂迹(化身した)神でもあり、本地佛としては虚空蔵菩薩なんだそうです
この本地佛ですが、ちょうど井沢元彦氏の本を読んでたら書いてあったのですが、日本は元々神道だったところに後から仏教が伝来してきて、最初からいた神様と後からきた仏さまとが実は同じものだったという考えのものだそうです
それが他の神様や仏さまにもあるということだそうです

祖神が少彦名命ということでも分かるように、こちらは病気平癒のご利益があり
特に婦人病平癒や良縁、安産子授けと女性を特に守ってくださるそうです
ちなみに他のご利益は
手術成功
厄除け
所願成就

山門入って右手にこのような石碑が
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人形癒やしの石碑

駐車場の入り口にもあったように、境内にはいっぱい人形がありました!
(゜ロ゜)
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この建物の前には、チラッと見えてますが
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プチ狛犬もいました

他にも駐車場に祠
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手水鉢
寺務所へ行く方にも何故か手水鉢
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こちらには与謝蕪村の句碑があります
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粟嶋へ はだしまいりや 春の雨

与謝蕪村は晩年は京都に住んでいたそうです
この句は娘の病気平癒を祈願したものだそうです
ちなみにお墓は左京区にある金福寺(こんぷくじ)
(京都府謎解き散歩参照)

こちらの御朱印です
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住職がご祈祷されてるみたいで書き置きでした
挟み紙
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由緒
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西本願寺へ向かって歩いていると、七条通りでこんなものを発見
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タコ?
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やはりタコでした!

後日、こんなパンフを見つけて知ったのですが
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梅小路にはもっといろんなモニュメントがあるそうです!(゜ロ゜)

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京都にも境港の鬼太郎じゃないけど、こういうのがあるのを初めて知りましたf(^^;
せっかく知ったので、またそんなのを巡ってみたいと思います

西本願寺まで戻ってきたら、いつもは閉まってるイメージの北小路門が開いてました
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この先に国宝の唐門があるのですが、まさか翌週再び訪れるなんてこの時は思いもしませんでした
ということで、次回も京都散策が続きます
では、またぁ~(o・・o)/~