こんにちは、

「宇宙のエレガンス」へ

お越しくださり

ありがとうございます。

 

みなさんのお住まいの地域の

桜は

どんな感じですか?

 

私の地域は

薄ピンクの花びらが

豪華絢爛に樹を覆っている桜と

黄緑色の葉っぱが

出てきて

ツートーンな桜との

両方が見られます。

 

雨や曇りの日が多かったですが

それでも

青空に映える桜の花を

見ることができました。

 

 

今日、お話しするのは

自分の思考、物事のとらえ方、

どこに注意を向けるかで

自分の生きている世界の幸せ度が

変わってくるという

気づきのお話です。

 

 

 

 

昨年5月末

私は白内障の手術を受けたのですが

手術の際にどうしても

角膜に障ることになり

 

もともと

角膜の機能が低下している

病気があったことから

 

その手術で角膜が

強くむくみ

 

角膜がむくむと

角膜がすりガラスのような

不透明な状態になるため

視力が低下するという

状態になりました。

 

その結果、視力が0,02とか0.03

という状態で

世界がぼんやりばやけてしまい

 

とても細かい活字を読めないため

 

それまでやっていた仕事ができず

やむなく休職させて

いただいていました。

 

半年以上、待っても

角膜のむくみが改善されないため

今度、角膜の移植手術を

受けることになりました。

 

片方の目がこのような状態であっても

もう片方の目が

0.3ほどの視力があるので

 

実際のところは

何とか

見えて

家の中で生活する程度でしたら

 

ほとんど何も支障がないのですが

 

毎日の通勤や

たくさんの細かい字を読む

仕事をこなすのは

難しい状況でした。

 

幸いなことに

仕事を解雇されるようなことはなく

安心して

休ませていただいています。

 

そのような状況の中で

昨年、しみじみ気づいたことが

ありました。

 

 

 

 

 

普段の私は

仕事を休ませてもらって

角膜のむくみが改善するようにと

治療や回復に専念できる環境を

与えられていることに

ものすごく幸せを感じていました。

 

その上

愛犬レイちゃんの体調が悪くなっていたので

毎日、レイちゃんと一緒に

過ごせることが

本当にありがたくて

 

こんな形でレイちゃんの介護ができて

なんて幸せなのだろうと

思っていました。

 

視力も

本を読んだり、細かい字を

判別することは難しくても

 

家の中の分かり切った生活に

おいては

見えなくて不自由をするとか

危険ということもないので

 

目が悪いということについても

特に困ったり、不安になったり

深刻にとらえることは

ありませんでした。

 

ところがある日

 

何かの事情で体がものすごく疲れて

気分も落ちていたことがあり

ちょっと昼寝をして目を開けた時

 

見えた世界が

とてもぼやけているので

それを見て

 

「わーーーー、なんてぼやけて

いるんだろう?」

「私の目って、こんなに良く見えないんだっけ?」

「こんなに目が見えないなんて

何もできないじゃない…」と

感じました。

 

なぜか、今更ながら

自分の視力が落ちた現状を

客観的に見るように

誰かの視界として観察するようなスタンスで体験し

 

そのような驚きと焦りと不安を

感じました。

 

多分、その時だけ特別に

視力が落ちていたわけではなくて

 

いつもと同じ視界や見え方に対して

その時はそのように感じたのだと

思います。

 

 

 

今まで平穏で幸せで豊かだったはずの現状が

突然、不自由で問題な、困った現実に

豹変したのを見ていたら

 

頭の中にヒュンと

言葉の塊が降りてきました。

 

「全体の中の、どこにフォーカスして

どう切り取るか

どんなスタンスで物事を意味づけるかで

 

見える世界が全然変わってくるんだよ」っと

聞こえました。

 

いつもの、「宇宙」からのメッセージですね。

 

 

 

 

 

「宇宙」の言うとおりなんです。

 

私の現状には

モノがぼやけて見えて

くっきりはっきりしないという一面が

あるのですが

 

私は普段

それをあまり意識しておらず

気にしておらず

 

それよりも

先ほど言いましたように

 

仕事を休んで治療に専念できる

境遇や

レイちゃんのお世話ができるあり難さや

自由にすごせる毎日の時間や

そういうことに

すごく意識が行っているので

 

ありがたくて

幸せで

ラッキーで

幸せに過ごしていました。

 

でも

もしも毎日、目の見えにくさにばかり

注意を向けていたとしたら

 

幸せな現実もあるというのに

それには気が付かないで

「こんなに視力が落ちて

モノが良く見えなくて

仕事ができなくなってしまって

私はなんて不幸でアンラッキーなのだろう。」

「私は困った問題を抱えている。」

「どうしてこんなに苦しい状況に置かれているのだろう。」と

 

果てしなく不幸な世界を

生きることになったことでしょう。

 

自分自身の置かれている状況の

どこに注意を向けるか、

何にフォーカスして

どのようにそれを意味づけるかによって

 

生きる世界が全然変わってくるのだなぁと

驚きました。

 

私は

何も問題ないですし

気の毒な人でも

不幸な人でもなくて

 

それどころか

 

ものすごく幸せで

いつもラッキーで

常に目に見えない世界に

助けられ護られて

二人三脚でここに居ると思っています。

 

やせ我慢でも強がりでもなく

そうとしか

思えないのです。

 

私たちの状況の中に

「問題」というものはなくて

 

もしあるとしたら

自分自身が

「問題だ」「これではダメだ」

「変えなければならない」と

決めつけているのだと思うのです。

 

「これは問題だ」「これではダメだ」と

認定すると

 

自分がそう決めたが故にそのことが

「問題」のように見え始め

そのことが「ダメなこと」に

思えてしまい

 

何とかして

問題を解決したり

ダメな状況を他の何かに変えなければという

苦しみが湧いてくるのだと

思います。

 

そこに執着せず

拘らず

「ふーーーん、今はそうなんだね。」

くらいにして

通り過ぎることができたら、

気にしなかったら、

 

それは「問題」にまで膨らみません。

 

自分がエネルギーを注ぐから

「問題」として膨れ上がるのです。

 

 

人には、

自分の状況に対して

意味を付けたり

原因と結果を結び付けたり

こういうことだと

解釈する習性があります。

 

それをしたらいけないのではなく、

そもそも全くしないのは無理だと思いますが

 

そういう習性を利用して

 

なるべくなら

平安で幸せでありがたい世界を

生きたいものですね。

 

わざわざ

苦しくなるようなところにフォーカスし続けて

「問題」や「困難」や「危機」を

自分で作り出すことはないですよね。

 

 

 

 

 

先ほど例に挙げた、「モノが良く言えない現実」に

私がフォーカスした時

 

自分が自分の置かれた世界の中で

全体を均等に見回している

のではなく

 

ある一部分に注意を向けて

 

それをもとに

自分の世界観を作っているのだということに

気が付きました。

 

そして普段の私は

 

自分に与えられているものの中で

 

いかにいつも

幸せでありがたくて豊かか

ということや

目に見えない世界とのつながりを

意識しているので

 

その視点で周りを見るから

それに合致する側面が良く見えて

気づくから

 

こんなにも平安で幸せで豊かな世界に生きているのだと

分かりました。

 

私の置かれている状況を

全く違う視点で見たならば

 

多分、もっと違うように見える世界も

あるでしょうし

 

「問題」や「不幸」や「哀れ」を

見ることもできるでしょう。

 

でもどうしても

私は自分の世界を見たときに

 

「わぁ~ありがたいなぁ」とか

「なんてラッキーなんだろう」とか

「目に見えない世界に護られているなぁ、

こんな都合のいい、タイミングって

普通にはないでしょ?}っと

思えてしまいます。

 

思えてしまうというか、

そういうものが目に飛び込んできて

見えてしまい、

分かってしまうので

 

「ありがたいなぁ」とか

「ラッキーだなぁ」と

思わないではいられないのです。

 

つまり

反射的にそういう

パターンになるくらい

 

私の場合には

全体の中から平安や幸せや

ありがたさにフォーカスし、

切り取る習慣が

しみついているのでしょうね。

 

しかし体調不良とか何かの事情で

たまに

いわゆるネガティブと言われるものの側面に

注意を向けることもあり

 

そうなると

「問題だ!」と感じたり

「困ったなぁ」と悩んだり

「どうしたらいいんだろう!」と焦ったり

することもあるのでしょう。

 

しかし実際は

自分の思考が「問題だ」と認識したり

「これは困ったことである」と認定したり

「これではダメだから、何か他のことに変えなければ

いけない」と考え

 

そして絶えず頭の中にそれを置き

考え続けるから

 

悩みや落ち込みが生じるのでしょう。

 

 

 

 

人は

何か困ったことや

思い通りでないことに遭遇すると

 

どうしても

 

その衝撃をずーっと繰り返し想起したり

考え続けたり

心に留めますが

 

本当は

毎瞬、毎瞬、新しい今が

目の前に起こるので

 

そちらのほうに注意を向けられたらいいですね。

 

 

困った(と認定した)ことも

問題(だと解釈したこと)も

(意味づけの結果)ショックだった(と感じた)ことも

心にずっと握りしめていないで

 

自分で意識して手放し

流していけるといいですね。

 

 

毎瞬の流れの中で

 

あんまり闇のほうに気を取られずに

光のほうを見て

 

光で輝いているもののほうに

フォーカスして

いたら

 

自分がいかに守られていて

十分に与えられていて

幸せ者かということを

感じて生きられますね。

 

 

苦しい状況が訪れた時

この仕組みを思い出し

 

苦しいドラマから抜け出したり

苦しいドラマを俯瞰視する

きっかけになればいいなぁと思います。

 

幸せって

これから頑張って作るものではなくて

 

自分の置かれている状況の中で

既にそこにある

幸せに、自分で、気が付いて

 

 

自分で、そこにスポットライトを当てる

ことによって

得られる世界なんだと思います💗

 

 

 

 

このお話が

必要な人のもとへ

届きますように

 

愛するあなたへ

いつも

本当にありがとう

 

こんにちは。

「宇宙のエレガンス」へ

ようこそ

お越しくださいました。

 

前回、お話しましたが

 

我が家の愛犬レイちゃんが

亡くなった後、今も

 

レイちゃんが家の中にいる

気配を

強く感じます。

 

本当に

 

いのちは、

肉体を脱ぎ捨てても

それで終わりではなく、

 

目には見えないけれど

ちゃんと

存在するんだなぁということを

実感する日々です。

 

 

 

 

 

 

これまで

レイちゃんの介護を中心にした

生活を送っていたので

 

レイちゃんの様子を始終、気遣ったり

朝晩にお散歩を

しなくて良いことや

 

お薬をあげなきゃとか

今日はどんなご飯を

あげようかなっと

考えなくて良いことが

 

不思議です。

 

 

今日は、そんな私の頭の中に

 

突然入ってきた

 

いつもの

意味の塊を

 

私の言葉に翻訳して

シェアさせていただきたいと

思います。

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

あなたは、

「あなた」という人生の

主人公を生きている

つもりかもしれないけれど

 

あなたは、

「あなた」と「あなた」以外の人とを

区別できない

 

いのち全体の

 

いのちの流れの中を

 

流れている

 

いのちの一部分だよ

 

 

 

 

あなたの人生は

「あなた」一人では成り立っていない

 

 

あなたの背後には

 

ちょっと考えただけでも

 

あなたを産んでくれたお母さんから

始まって

 

あなたを育ててくれた

たくさんの人、社会、

友達、今の家族、

環境、食べ物、

食べ物を作り運んであなたの口まで

届けてくれた人たち、

その人たちを支える更にその奥の人たち、

あなたに色々なことを

教えてくれた経験…

 

あなたのこれまでを

作ってくれた

こうしたものがあって初めて

「今の」あなたがある

 

その中の一つが欠けても

「今の」あなたにはならない

 

 

あなたの背後のすべてを

含めて

「あなた」なんだよ

 

 

あなたが出会った人たちも

あなたがほんの少し関わった

人たちも

 

その人の背後には

「あなた」がいる

 

「あなた」、なくして

「その人たち」にはならない

 

その人たちの奥には

「あなた」が含まれている

 

あなたは

「今のその人たち」を成り立たせる

一部分なのだよ

 

 

 

 

あなたとあなたが関わった

人たちと

その奥でそれに関わった人たちと

……

結局

全部が繋がっている

 

この世界は見えない糸で

みんな繋がっているんだよ

 

 

その瞬間の、壮大ないのちの

流れの中で

 

あなたも私も誰もが

そうやって関わり合って繋がって

そこに存在し

全体としてその瞬間が

そうあったということなのだよ

 

 

そしてその流れは

 

いのちの誕生と消滅のダンスを

繰り返しながら

 

いつも、いつまでも

ずっと流れ続けている

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは

 

人類とか

もっと広く、この地球上に

生きる生き物たちは

 

 

 

空気や水や自然も

含めて

 

みんなが繋がり影響し合い

関わって、

 

同じ

この時を生き、

 

その瞬間を構成している

いのちの表現

なのですね。

 

そしてそのいのちは

絶えず変化していて

 

ずっと同じではなく

 

時には

弱って死んでしまったりする。

 

残酷なことに

空爆で

破壊され

燃えてしまったりもする。

 

 

だけど

その後には

必ず新しいいのちが

芽を出して

 

いのちのリレーが

続いていく。

 

そういう永遠の

いのちの流れの中の

一部分なのですね。

 

 

過去が

どんなに美しい景色だったとしても

どんなに楽しい表現であったとしても

 

それはその一瞬の表現です。

 

消えないようにと

ぎゅっと握りしめても

掴めません。

 

 

力を入れて握った分だけ

かえって手が痛いだけです。

 

 

 

流れていく毎瞬の中で

 

今の、この瞬間の表現(命のダンス)に

集中するのが

自然だなぁと思いました。

 

 

生きていると

 

楽しいこともありますが、

 

苦しいことも

辛いこともたくさんあります。

 

愛する人との別れなどは

悲しくて

仕方がありません。

 

だけど

私たちは

大きないのちの流れの中で

 

ひととき

 

全体と繋がって

全体の一部分として

 

 

ただひたすらに

 

いのちを輝かせ

いのちを表現し

流れています。

 

いのちのバトンを受け取って

懸命に走り

泣いたり笑ったりしながら

次のいのちにバトンを渡して

消えていきます。

 

 

 

消えては行っても

見えないだけで

 

いずれ

また

この流れに還ってくるのです。

 

いのちの流れは永遠で

その大きなふところに

また

新しいいのちとして生まれて

還ってくるのです。

 

そういういのちの表現の場が、

経験の場が、

この世界なのですね。

 

 

私たちは

この大きな循環の中で

 

いつも

護られ

祝福されているように感じます。

 

何があっても

大丈夫で、

本当にありがたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワンネス」という言葉と

「いのちのリレー」という言葉が

 

今とても

心に響いています。

 

 

 

このお話が

今、必要なひとのもとへ

届きますように

 

愛するあなたへ

いつも

本当にありがとう

 

こんにちは。

「宇宙のエレガンス」へ

ようこそ

お越しくださいました。

 

私が住んでいる地域では

桜の花があちこちで

咲き始めました。

 

つい最近まで

 

陽ざしが強くなって

春の予感を感じるのだけれど

風が冷たくて

まだ寒いなぁと思っていたのですが

 

桜の花が開花するほど

自然界はもう

春に移行していたのですね。

 

季節は静かに

しかし着実に進んでいるのですね。

 

 

 

 

 

私たちも自然の一部ですから

 

昨日の私と今日の私とでは

何も変わっていないようで

 

実は刻々と

変化しているのでしょう。

 

立ち止まっているようでも

どこかに寄り道して停滞してるようでも

 

それでも実際のところ「いのち」は

変化し、動き続けているのでしょうね。

 

そして誰もが今回の「いのち」に

寿命、つまり終わりの時は

必ず

来るのですが

 

それで終わりではなく

次へと

続いていくのでしょう。

 

私たちの「いのち」に

終わりはなく

永遠の循環の中で

その時々を経験しているのでしょうね。

 

 

そのことを

 

哲人クニちゃんが

前回の記事のコメント欄で

簡潔に

分かりやすく

表現してくださっています。

 

みなさんにも

 

是非シェアさせてくださいね。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

今、地球人類は全員
幻のトリックに引っかかっているのです。

私たちが見ている世界、感じている世界は幻なのです。
現象なのです。
三次元の世界
(物質の世界・この世と言われている世界)なのです。

私たちは、四次元の世界
(幽界・あの世と言われている世界)から
三次元の世界に出て来たのです。

肉体が誕生したと言いますが、
この三次元の世界に出てくるためには、
肉体と言われる次元変換装置に乗って
出て来なければならないのです。

この肉体は三次元の世界で
活動するために必要な乗り物なのです。

人間は肉体の死を終わりだと思っていますが
肉体の死は三次元の世界から
四次元の世界に戻ることなのです。

この宇宙に死は無いのです。

なぜなら、
私たちは肉体では無く意識だからです。

意識に死は無いのです。
意識は永遠に生き通すのです。

肉体は仮想空間を演出する道具なのです。

その道具はあまりにもリアルに出来ているために
全員が本当にある世界だと
思い違いさせられているのです。

でも、本当にある世界だと思うから、
真剣に生きるし、真剣に生きるから、
成長できるのですから、
神様は実にうまい仕組みを創られたものと思います。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

すごい簡潔で的を得た

コメントですよね💗

 

「私たちが見ている世界、

感じている世界は幻なのです。
現象なのです。」

 

まず、最初のこの文章に

しびれました。

 

私たちが今、人間として生きている世界は

どう見ても幻ではなく

実在、本物、リアルだと

思えますが

実は「現象」なのです。

 

仮想空間(幻、現象)を演出する

肉体という道具を使って

(肉体という道具を通して)

 

私たちは

 

本当にそこに

そういうものや人や

コトがあるかの

ように、

 

本当にそういうことが

起きているかのように、

 

リアルなドラマを体験しています。

 

 

「現象」だという証拠に

 

目の前に居る人や状況について

 

「これはこういうことだ」とか

「この人はこういう人だ」という

意味づけを

 

少し変えて

 

別のスタンスや解釈で

そのことや人を見ると

 

急に違った見え方やドラマに変わります。

 

あるいは

 

過去の

その時には

とても辛かった、苦しかった出来事が

 

その後の展開を経て振り返ると

(意識が変わると)

 

素晴らしい出来事や、価値ある体験だったと

 

全く別のものに

変わったりします。

 

 

起きたことや人、モノに

意味づけを与えて

 

その意味付けを通して

それを見るから

 

そのように見えるという「現象」です。

 

私たちは

肉体という道具を使って

 

いかようにも変わる現象界を

 

リアルに

現実だと思い込んで

真剣に、必死に体験しながら

 

魂の進化成長を繰り返し

 

寿命が来たら

今回の人間体験を終了して、

 

肉体という三次元世界を

経験するための乗り物を降りて、

 

私たちの本来の世界である

魂の世界(幽界、四次元の世界)へ

戻っていくのです。

 

 

 

 

私たちは四次元世界の存在ですので

 

そのままの状態では

三次元の世界を経験できないため

 

次元変換装置である

肉体という乗り物に乗って

 

遊園地のアトラクション(三次元の世界)を

鑑賞しています。

 

しかもその鑑賞は

とてもリアルで

現実味があり

 

いかにも

「もう死んでしまいそうだぁ~」

「もう自分の人生は

これで立ち行かなくなるぅぅぅ」と

追い詰められた気持ちに

なるくらい

 

臨場感たっぷりです。

 

そのくらい

リアルだからこそ

その体験を通して

何かに気づこうとして

必死に考え

見抜こうとして

 

魂が成長します。

 

「どうせ、幻でしょ?」なんて

余裕で見ていたら

何も変われないのです。

 

だから私たちは

自分が四次元世界の存在であることを

忘れて、

 

自分が三次元の世界で

体験してみたい出来事を

事前に設定してきたことを

忘れて、

 

三次元の世界にやってきたのです。

 

 

 

 

少し

話がズレますが

 

我が家の愛犬レイちゃんが

つい先日、13年間の命をまっとうし

 

肉体を離れていきました。

 

まだ

四次元の世界に戻っていないので

 

肉体は脱いだのですが

三次元の世界にいるようです。

 

家の中で

レイちゃんの気配がすごくして

 

レイちゃんのエネルギーを

あちらこちらで

強く感じます。

 

肉体から解放されて

痛みや苦しみもなくなり

自由になって

 

楽しくちょろちょろしているのが

分かります。

 

私は

レイちゃんって

すごく愛に溢れた、思慮深い犬ちゃん

なのかと

勝手にイメージしていたのですが

 

家の中をちょろちょろしている

エネルギー(レイちゃんの魂)は

もっと単純で

 

子どものように無邪気だと

感じました。

 

愛そのものですが

 

単純で

とっても無邪気です。

 

肉体を持った

モフモフのレイちゃんに

もう触れられないのは

とても

寂しいのですが

 

同時に

 

レイちゃんがレイちゃん自身の

魂の進化の道を

進んでいってくれることを

心から応援しています。

 

人間にすごく可愛がられ、

愛された動物は

 

魂が急激に進化すると

聴いています。

 

人間と親密に

愛のやり取りをすることが

 

その動物の魂を

大きく成長させる

らしいのです。

 

そういう意味でレイちゃんは

私たち家族に

たくさんの愛をプレゼントしてくれ

ましたし

 

私たち家族もそれぞれに

思い切り

レイちゃんを愛し

大切にしましたので

 

 

きっとレイちゃんは四次元の世界に

戻り

 

急成長して

 

今度は人間に生まれてくるかも

しれません。

 

来世では

レイちゃんと人間同士として

 

仲よくできたらいいなぁと

思います。

 

レイちゃんが亡くなったことを

友人に話したところ

その友人から

 

「きっとレイちゃんは

来世でひろみさんの友達になる

んじゃないかな。」と

言われ

心がほっこりしました💗

 

そうだといいなぁ~

また、会いたいな💗

 

 

 

 

哲人クニちゃんのコメントから

脱線しましたが

 

せっかく三次元の世界を今

次元変換装置に乗って

経験させてもらっているのですから

この仕組み、からくりの中で

 

これらの経験を

充実したものにしたいですね。

 

今回の人生の中で

出会える人は

全世界の人口の中の

 

ごくごく一部です。

 

出会える犬ちゃんも

 

ほんの少しです。

 

出会えた人も犬ちゃんも

ものすごい確率で出会えた「ご縁」

なのだと思います。

 

お互いに

それぞれのペースで進化成長している

魂同志が

 

縁あって

今回の人生で

あるタイミングで出会えた奇跡に

 

心から

ありがたいなぁと思います。

 

 

 

愛するあなたへ

いつも

本当にありがとうございます

 

 

 

こんにちは。

「宇宙のエレガンス」へ

ようこそ

お越しくださいました。

 

前回の更新では

書きかけの記事を途中で投稿してしまい

読んでいただいた方の中には

「あれ?これで終わり?」っと

思った方も

おられたことでしょう。

 

大変失礼しました。

 

 

今日は

無事に発信できることを

願いながら

書いています。

よろしく

お願いします。

 

 

 

 

前回から今日まで

また

だいぶ間が開いてしまいました。

 

その間に

私個人としても

世の中でも

色々なドラマが起こりました。

 

私個人のドラマとしては

 

愛犬レイちゃんが

13歳になってから

一気に体力がなくなり

筋力もなくなって

持病も悪化して

 

体調不安定の日々という状況です。

 

毎日レイちゃんのお世話をしながら

 

私自身も色々な体験をさせて

いただき

気づきを得ています。

 

また、私自身の目の調子が

低空飛行で

 

6月初めに

角膜移植の手術を受けることが

決まり

 

そのことに関連して

色々なドラマを

体験していました。

 

自分の意識を状況や起こったこと、

人間関係に照射して

 

色眼鏡で見えた世界を

現実だと錯覚して

自作自演のドラマを

体験する、

 

そのしくみの中で

 

色々なことを感じ

気づかせていただいていました。

 

その他もろもろ

たくさんの

ドラマの中で

 

心が揺れたり

しぼんだり

ほっと一息ついたりしてました。

 

 

 

 

 

同時に

世の中を見渡せば

 

トランプさんが

あちこちの国にちょっかいを出して

 

世界の国々が大きく影響を

受けていますね。

世界もまさに大揺れの状況です。

 

日本でも

ガソリンの値段が190円台に

高騰しています。

 

その影響でこれから

更に物価が

上がってしまうのでしょうか……

困ってしまいますね。

 

今、まさに

マクロもミクロも

私の見ている世界は

大揺れですが

 

この大変な状況は

きく」「わる」タイミングだと

直感しています。

 

水面下ではもうとっくに

始まっていた変化だと

 

思いますが

 

これが

私たち一般人でも分かるくらい

表立って

あるいは

自覚できるくらいはっきりと

 

現れてきているのだと

思います。

 

多分、これから益々

一時的には大変な状況が繰り返され

 

表面的には

どっちが勝ったとか

得をしたとか

世界の勢力図が塗り替わったとか

そんな風な見方も

できるのかもしれませんが

 

「心が大事」

「目に見えないものの中に

大切なことがある」

ということが

 

世界中に浸透してしていく

ように

なるのではないでしょうか。

 

 

日本の古来からの精神性なども

スポットライトを浴びて

 

何かの宗教ということではなく

お天道様を拝み

自然を敬い

 

信頼関係や心の絆、

調和を大切にする日本人の当たり前の

感性が

 

世界中の人々から

お手本にしたいと思われるように

なっていくかもしれません。

 

 

 

 

 

なぜ

今日、このような妄想を

お話ししているかと

言いますと

 

私の頭の中に突然ぽーんと

入ってくる

意味ある言葉の塊の中に

 

それを思わせるような言葉が

あったからなのです。

 

 

最初は

私個人のこととして

 

「わぁ…ついに移植手術を受けないと

ならないのかぁ。

嫌だなぁ、怖いなぁ。」という抵抗感があり

 

一生懸命、「アタマで」

「自分の人生に設定した

ことなんだから

仕方がないよ。

受け入れるのが一番楽だよ。

起きていることは

いつだって最高最善だよ。」と

自分に言い聞かせていました。

 

言い聞かせはしたものの

「部分麻酔で1時間近く

目をいじられるって

怖いよぉ~」

「本当に視力が上がって

見えるようになるのかなぁ…」などと

 

別の声が心の中で響きます。

 

これは私たち人間の「思考」が

暴れ回っている

よくある心の風景ですね。

 

そんな「思考」の中

 

ある時ふと

「心の色眼鏡を交換するんだよ。」と

聞こえました。

 

「今、世界は入れ替わりつつある時。

心がやっとクローズアップ

される。

心の色眼鏡も交換。」

 

 

私は

「宇宙」からのメッセージを

一瞬でひも解いて

「あっ、そういうことね。」と

理解

しました。

 

スピリチュアルや

占星術の世界では

うお座から

みずがめ座の時代に移行したとか

移行している途中だと

言われていますよね。

 

そしてみずがめ座が支配する時代は

目に見えない世界、心や精神性が大切に

される時代だと。

 

 

 

 

 

私は

 

ここのところしばらくのドラマの中で

 

自分自身の想念やイメージ

想像力や想い

心というものを

嫌というほど意識させられ

 

自分自身の本質が

この、触れば感覚がある

肉体ではなく

 

目に見えない世界の存在なのだなぁと

いうことを

しみじみ感じていました。

 

アストラル、目に見えない世界の

大切さを

感じていたので

 

「宇宙」からのこのメッセージに

すごく納得しました。

 

ミクロもマクロも

大きく変化して

 

新しい時代に乗っていけるように

調整中なんだなぁと。

 

大きく変わる時というのは

死と再生ですから

痛みもありますし

手放す不安や

委ねる恐怖も出てきますから

 

ワクワクばかりも

していられないかもしれませんが

 

世界は今

大変貌中で

 

今、生きている私たちは

その大転換期を

見て経験する機会を得ている

ということですね。

 

それに合わせて

 

私たち個人も

多かれ少なかれ

色々なドラマの中で

 

調整をしたり

交換をしたり

チェンジが必要なのかも

しれません。

 

理論や損得計算やモノ(物質世界)を越えて

その奥にある「心」や

魂や神さまなどの「目に見えない世界」の

存在と

それらがどれだけ

大切かということが理解される時代が

もっともっと

色濃く表れるまで

 

今しばらく

転換期は何かと

落ち着かないかもしれませんが

 

希望を持って

見守りましょう。

 

そして

タイミングが来たら

世界(マクロ)だけでなく

自分自身(ミクロ)も

 

流れに乗って変わっていきましょう。

 

 

 

このお話が

今、必要な人のもとへ

届きますように

 

いつも

本当にありがとう

ございます

 

こんにちは。

「宇宙のエレガンス」へ

ようこそ

お越しくださいました。

 

久しぶりの更新となりますが

お元気でお過ごしでしたでしょうか。

 

イタリアでの

冬季オリンピック、

 

ご覧になっていましたか?

 

私は毎日

テレビにくぎ付けで

 

ドキドキ、ハラハラ

 

選手たちの経験と悲喜こもごもの

感情を

おすそ分けしていただきました。

 

私も

たくさんの幸せな気持ちを

体験させて

いただきました。

 

 

 

 

 

中でも

フィギアスケートの

りくりゅうペアが

 

ショートプログラムで

普段の練習でもやらないような

ミスをして

しまって

 

特に

りゅう選手が

自分を責め、後悔をして

絶望的な気持ちになり

 

そこから一転

フリーで

宇宙一美しい演技を成し遂げ

 

演技終了後

氷上で

 

りく選手がりゅう選手を

抱きかかえて

 

お母さんみたいに

優しい表情をしていたのが

 

脳裏から離れません。

 

あのお二人は20数時間という

短い時間の中で

 

きっと

 

奈落の底のような地獄を経験し

 

気持ちを立て直し

整理して

前へ進む決意をして

 

それを実際に行動に移して

 

恍惚の天国を味わうという

 

実体験したことでしょう。

 

 

ものすごい濃厚な体験だっただろうと

思いますが

 

それを経験できる

精神力や意識の高さが

ある

人たちなので

 

ご自分たちの人生に

それを

設定したのでしょうね。

 

奈落の底のような地獄の後に

 

実は

ものすごい喜びが

待っていると

最初から分かっているのなら

ともかく

 

天国が訪れるまで

 

自分の人生の後ろのページに

そんなすごい幸せが待っているなんて

 

知らないまま

地獄を経験し

 

抜け出していくのですから

 

本当にすごいことだと思います。

 

 

お二人の人生の

 

本当に勇気あるチャレンジの一コマを

 

私も見届けさせていただき

感動をおすそ分けしていただいて

 

ありがたかったです。

 

 

 

 

 

 

人はこうやって

自分で設定してきた

出来事や状況を

 

一つ一つ

手探りで経験しながら

 

色々な思いを実体験させて

いただき

 

 

心を響かせ

心で感じながら

 

成長させてもらっているのだなぁと

思いました。

 

その出来事や体験は

人それぞれに

さまざまで

 

大きなことや些細なことや

色々ありますが

 

それらを通して

 

感情で心を響かせ

魂に刻んでいく

 

地道な

魂の進化の道程を生きているのだなぁと

思いました。

 

だから

苦しさも悲しみも

自信喪失も

 

悔しさも焦りも不安も

 

いわゆるネガティブな感情

というものも

必要で

 

そういうものも含めて

 

さまざまな思い、感情が

 

最終的に

魂を磨き、輝かせ、成長させて

いくことに

繋がっているのだと思います。

 

ネガティブな感情を

味わっている

真っ最中は

 

苦しくて苦しくて

本当に辛いと思いますが

 

それを経験したことがあるからこそ

 

深みができて

優しさが生まれ

 

それを乗り越えた時には

自分を前より信じてあげることが

できるようになり

 

自分を信じることの

大切さを知り

 

自分を大事にしてあげることの

大切さを知り

 

魂が進化していきます。

 

 

 

 

私たちは

 

生まれる前に自分で設定してきた

 

様々な出会い、出来事、状況

の中で

 

体験をしながら

そこで生まれる感情を味わい

 

感情が心を響かせて

心で感じ

 

そこで分かったことや気づいたことを

通して

 

魂がより精妙になり

 

進化成長していく旅の途中に

いるのですね。

 

それぞれのテンポと

それぞれの景色の中を

 

旅する旅人。

 

誰のほうが偉いでも

すごいでもなく

 

それぞれの

進化成長の旅を歩んでいる

魂の仲間ですね。

 

 

 

このお話が

今、必要な人のもとへ

届きますように

 

 

愛するあなたへ

いつも

本当にありがとう