四谷(愉)快談 ”四谷のケーキ屋さん” 番外編 | 芹沢の何でも徒然日記

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 今回は、四谷のケーキ屋さんで、知り合った人の話…

このブログで書いてある
1歳年下の先輩の話…



 芹沢は、専門学校行きながらの、ケーキ屋さんだったのですが
1歳年下の先輩は、定時制の高校に通いながらの、ケーキ屋さんでした。

 先輩は、お母さんと荒木町のアパートで二人暮らし、決して生活が楽では、ありませんでした。
 
先輩には、お兄さんが居るのですが、お兄さんの奥さんと、反りが合わなくて先輩が、お母さんと一緒に住む事になったそうなんです。

 先輩は、芹沢が入社した年の夏に、お母さんを楽させたいという理由から(偉いですよね~)ケーキ屋さんの仕事終わりに、四谷に有ったゲイバーでバイトを始めたのです。

 ゲイバーの名前は、覚えていないのですが、ママの名前は【みどりさん】
先輩は、ほぼ裏方で皿洗い(今思えば高校生だったからですよね)
みどりママに【きみどり】という、源氏名(って言って良いのか?)つけられてました(爆笑)

 みどりママは、青江のママの弟子とかなんとか…言っていましたが、普通に奥さんも、お子さんも居る方でした。
 みどりママには、その後、偶然にも芹沢がバイトしていた居酒屋が入っている銀座のビルのエレベーターで再会! 男性の格好だったので、最初わからなかった!お互いに声を掛けづらい空気でした…


 芹沢は、たま~~に先輩がバイトしていたゲイバーに遊びに行ってました。
(芹沢のゲイバーデビューは18歳って事ですね)
お酒飲んで、カラオケ歌って、みどりママに説教され…

 カラオケで、山口百恵さんの歌を良く歌ってたからなのか芹沢は、みどりママに【ももえ】って呼ばれてました。(おそれ多いですね)
 みどりママ曰く、自分が【みどり】、先輩が【きみどり】だから、芹沢が【もも(ピンクなのか?)え】なんだとも言ってました。

 今思えば…
みどりママだって、家庭が有って生活費を稼がなければならないのに、芹沢が遊びに行くと、ほとんど無料!
芹沢が申し訳ないと言うと、やっと「1,000円で良いわよ」と…
 「金持ってるジジィから、余計に貰うから、ももえは気にしなくて良いのよ!」なんて言って、本当に1,000円以外は受け取ってもらえなかった…

 あの時代は、人情が有った気がします。





今回の、タイトル
いつも、素敵なお話を沢山知っている
Pさんからのアドバイスを参考にさせて
いただきました。