
福島第一原発事故で事故の対応していた吉田元所長が政府事故調査・検証委員会に答えた「聴取結果書」(吉田調書)を、朝日新聞社が公開しました。これによると、東日本大震災が発生した4日後の2011年3月15日に福島第一原発の所員達が所長の命令を無視して、10キロ南の福島第二原発へ徹底をしていたとのことです。撤退した所員の数は実に650人で、これは福島第一原発の全作業員の9割に相当する数となっています。東電はこの事実を3年以上も非公開にしており、情報隠蔽していたことを含めて、非常に重要な問題だと言えるでしょう。
それにしても、東電が菅直人元首相に撤退を要求していたことは知っていましたが、実際に9割もの所員達が事前に避難していた事にビックリしました。これを菅直人元首相が知っていたかは分からないですが、東電の完全撤退を食い止めた彼は素晴らしいと私は思います。
ただ、9割も撤退した状況ではまともな作業なんて出来るはずも無く、結果的に福島第一原発が吹き飛んでしまったのは残念としか言いようがありません。残った吉田所長らは凄いですが、あのような多くの人の命運を左右する状況下で、簡単に現場を放り出した東電作業員には怒りを感じてしまいます。
☆福島第一の原発所員、命令違反し撤退 吉田調書で判明
URL http://www.asahi.com/articles/ASG5L51KCG5LUEHF003.html
引用:
東京電力福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎(まさお)氏(2013年死去)が、政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)を朝日新聞は入手した。それによると、東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。
~省略~
東電が12年に開示したテレビ会議の録画には、緊急時対策室で吉田氏の命令を聞く大勢の所員が映り、幹部社員の姿もあった。しかし、東電はこの場面を「録音していなかった」としており、吉田氏の命令内容はこれまで知ることができなかった。
吉田氏の証言によると、所員の誰かが免震重要棟の前に用意されていたバスの運転手に「第二原発に行け」と指示し、午前7時ごろに出発したという。自家用車で移動した所員もいた。道路は震災で傷んでいた上、第二原発に出入りする際は防護服やマスクを着脱しなければならず、第一原発へ戻るにも時間がかかった。9割の所員がすぐに戻れない場所にいたのだ。
その中には事故対応を指揮するはずのGM(グループマネジャー)と呼ばれる部課長級の社員もいた。過酷事故発生時に原子炉の運転や制御を支援するGMらの役割を定めた東電の内規に違反する可能性がある。
吉田氏は政府事故調の聴取でこう語っている。
:引用終了
☆吉田元所長(福島第一原発)と東京電力本部との激しいやり取りと陣頭指揮
☆吉田所長の遺言「爆発したらまた死んじゃうんだぜ」
関連過去記事
☆東電が隠していた福島原発事故直後の詳細記録が公表!管元首相「死んだっていい、俺も行く」「社長、会長も覚悟を決めてやれ」
URL http://saigaijyouhou.com/blog-entry-891.html