長女が愚痴を言っています
「手を挙げているのに全然あててくれない
」
思わず、
「ちゃんと先生に見えるようにあげてるの?」
「先生になんでか聞いてみたら?」
と言いたくなるところをグッと押さえて、
「そうなんだ~どんな時そうなの?」
などと聞きながら、もっと思いを吐き出してもらいました。
「国語の音読で、最初の所を読みたいのに、
指されるときはいつもセリフのところなの!」
と言いながらプリプリ![]()
そこで「きっとセリフの所が上手だから、セリフの時に指されるのかもね!」
と言ってみると、
表情が一転して身を乗り出してきました![]()
「この間グループで音読した時、私のグループが一番セリフの息が合っていたんだよ!」
「キツネの時はこんな声、大男の時はこんな声で読んだんだ!」
と、セリフにまつわる自慢話がどんどん出てきます!
さっきの不満はどこにいったのか~![]()
冒頭部分で自分が手を挙げたとき指してもらえなかったことばかり目が行って
他の所では指してもらっていたことは飛んでいってしまっていたのですね。
自分にとってイイこと(セリフで指される)があるにもかかわらず、
自分にとって悪いこと(冒頭で指されない)ばかりで頭が一杯になってしまうなんて
なんだかもったいない気がしませんか?
コーチングではこのように、凝り固まった見方をしてしまう時
”視点を変える”ような質問や投げかけをします。
視点を変える見てみると、自分のまわりって結構明るかったりするんですよね![]()
これ以降、宿題の音読では、登場人物によって声色を変えて演劇のように読んで聞かせてくれるようになりました。
”私はセリフが上手に読める”って自信を持ったのかな?