信じられないことが起こった日。

あの日から二年。

もう二年?まだ二年?

みんなで祈った日。

みんなで泣いた日。

忘れられない日。



ついさっき、

仙台出身の私のお友達の
お姉ちゃんのブログを読んで
ただただ、どうして?どうして?って…


涙しか出ません。



お姉ちゃんのブログより…



「今、仙台から東京に戻っています。

弟の三回忌で仙台に帰っていました。

今日であれからもう二年がすぎました。早いような長いような。

弟のために、お友達もたくさん来てくれて、賑やかなのが大好きだったのでみんなで明るく飲みましたが、弟の思い出話しでまた、みんなでたくさん泣きました。

泣いても、もう二度と会えないけど、たくさんみんなで泣きました。

弟の子どもたちは、元気いっぱいのびのびと育っています。

お嫁さんも、私の両親と仲良く暮らしてくれています。

子どもたちの前では、絶対に泣かないようにしているお嫁さん。

1番下の◯◯は、パパを知りません。もう一歳半。でもお仏壇の弟の写真を見て、指を指して、パパ、パパ。
と赤ちゃん言葉で言っていました。

弟がどれだけ、会いたかったを考えると涙がとまりません。

真ん中の女の子は、パパは、いつになったら、帰ってくるんだろうね。いいかげん、パパに会いたいな。とお嫁さんに言ってくるそうです。

1番上のお姉ちゃんは、私の娘と同い年。悲しくても泣かない、パパは、泣く子が嫌いだから!と私に言ってきました。

今日もテレビ番組は、震災の番組ばかりで、実家は、テレビをつけていません。

怖くて、辛くて、悲しくて、観れないと家族は言っています。

あの時どうして、電話に出なかったんだろう。
あと2時間弟と一緒にいたら。

とお嫁さんや、弟のお友達は、後悔しています。悔やみきれないと。

私は、運命だったと、仕方がなかった。千年に一度の津波だったのだから。

と、言うしかなかった。

東京で生活をしていると、本当に普通に生活できるけど、被災地の復興は、まだまだです。

家族で笑っていても、やっぱり、みんなすごく大きなこころの傷になってる。

私の父は、すごく強く立派だけど、

弟が死んで、こんなにショックなことはない。さみしい。親より早く死ぬな。と

本当だよね。

この新幹線の中でリセットして午後からは、仕事をしなきゃ。

一生、この悲しみを忘れることは、ないだろうな。





弟の末っ子、◯◯。
この笑顔が天国に届きますように。」





胸が痛くて。。。


震災が残した悲しみが癒える日は
ないのだろうなと。



命の尊さ。



今生きてる奇跡。



しっかり胸に。



被災された方々
お悔やみ申し上げます。





さとみ