ikunoPR株式会社の笹木郁乃です。
私は、小学2年生の頃、交通事故で、
頭を大きく怪我をし、手術をしたことで、
「20歳までに、後遺症がでるかもしれない。
20歳までに、何も症状がでなければ大丈夫。」
と言われて、育ちました。
そんな気持ちで、
18歳で大学に入学。
それなのに私は、
大学一年生の頃は、
けっこう 「目的も無く、なんとなく」
大学生活を楽しみました。
サークルは、私は一人暮らしで、
仕送りもろくになかったので、
お金が本当に無く、
「無人島0円生活」の番組がありますが、
そんな感じのサークル
「魚突きサークル」
に入りました。
お金もかからずに、みんなで遠くに行けて楽しそう
というのが理由で。
・食料は自分たちがとったもの
・泊まる場所は無い。
公園とかで、寝袋で外で寝る。
・風呂、シャワー、着替え ほぼ無し
という感じで、2週間島で生活したり、
極限の旅をあちこちでしました。
楽しかったです。
でも、実は、
そんな「なんとなく」の毎日が、苦痛でした。
この大学生活が、
未来にどうつながっているの!?
いつ死ぬかわからないのに、
こんなんで、私いいのか・・・?
私は、勉強面では、理学部数学科で、
得意な数学を極めていたのですが、
数学だけを極めたところで、
将来何につながるのかが、
ピンときませんでした。
数学科の先輩たちの就職先一覧を見ても、
「数学活かせて無いじゃん・・・。
就職先が保険の営業って。銀行って。
数学科じゃなくても、いいじゃん。。。」
と、一人ツッコミを入れていました。
そんな時に、
色々未来を探すように、
幅広い教養の授業を受けていたうちの一つ。
工学部の機械システム科の授業に出会いました!
その知識により、
人の役にたつモノが出来ていく過程がわかる講義でした。
(就職先を見ても、将来開発者になっている先輩が多い)
私は、衝撃でした。
数学も、物理も、
こうやって応用すれば、
モノが設計できるのか。
人の役にたつじゃ無いか!!
そして、私は、
*理学部数学科
よりも、
*工学部機械システム工学科
こそが、今自分に必要な知識だと思いました。
それに気がついたのは、
大学1年生の冬でした。
19歳でした。
20歳でたとえ死んだりしても、
悔いが無い選択をしたい。。。
転部をしよう。
そう、決めました。
しかし、
理学部 から、 工学部
への転部は前例がなく、
あっさり学校側に却下されました。
大きなショックを受け。。
非常に迷いました。
しかし、諦めきれませんでした。
そうして、もう一度、
今度は、もっと気持ちと情熱を込めて、
学校側へ説明をしました。
そうして、学校側も前例が無いと言いながら、真剣に考えてもらい、
転部することができました。
工学部は、理学部から、
車で1時間ほどの離れたキャンパスだったので、
理学部のみんなとお別れしました。
そして、19歳。大学2年生から、
工学部へと転部できました。
そして、ここまでいろんな人を巻き込んで、転部した私。
自分に責任も感じました。
そして、明確に、はっきりと決めたんです。
首席で卒業しようと。
誰にも言わずに、
自分の中で、決意したことを本当に覚えています。
そうして、私は、3年間、
毎日図書館に通って予習復習をして、
無事首席で卒業ができました。
自分で未来を決め、
ちゃんと自分との約束を果たした経験でした。
これは、
「自信につながる」
という最大の経験となりました。
いきなり、PRの話とは異なりますが、
もし、私が機会があれば、
大学1年生に向けて、
「大学生活の過ごし方は
実は未来を左右する」
ことをお伝えしたいです。
大学生活は、高校時代と異なり、
自由度が非常にあります。
だから、どう過ごすかは、
「自分で選択」
する必要があります。
大学生になって、
毎日が、「選択肢」だらけなんですよね。
・学校をさぼるか
・バイトをさぼるか
・今日はだらだら、過ごすか
・勉強頑張ってみるか
これって、
起業生活にも似ています。
毎日が自問自答です。
全くイメージができなくて、
毎日もやもやするようになりました。
私は、初めて実家を離れ、
一人暮らしをした大学生活。
まず、サークルに何に入るかも選択です。
・なんとなく、だらだら過ごす
ことも、自分で決めれるし。
私が、今起業をしていて、
過去を振り返り、
一番「やってよかった」と思っていることは、
大学生活、自分の未来を創っていったことです。
「なんとなく過ごすか」
「未来を考えて行動するか」
これで、大学生活の意味は、全く変わってくると思います。
大学生に、伝えたいな。
笹木郁乃



