こんにちは😃
ちなつです。


2018年ももうすぐで終わりですね。


この一年通い続けていた
お母さんの自分育てプログラム
【1010happyクラス】の最終日に
私は 大きな気づきがあり

只今、一年分の総まとめをしているところで
色々と実録を書き出しています。

どうぞ  お付き合いにほど
よろしくお願いします🙏


その前に
初めましての方はこちらから💁
【1010happy 2018  実録】



【自分の希望を話すって 何だ?】

親力や1010happy、人間学を学んでいる人同士で
合言葉のように出て来るキーワード

「希望を話す」「希望で生きる」

✨希望✨


私は、
なんとなくわかっているつもりでいた。

ついつい日常でも
わかった気がしていたので
「希望をいうんだよ」なんて
相手に偉そうに言っていたのに

全然 自分ではできてなかったし
わかっていなかったっと
今回の 実録を振り返り 実感した。



よくカフェで
「何で ちなっちゃんは
親力学んで、
カフェでも学んでいることシェアしたり
一番実践してる様にみえるけど

どうして、金城先生やスタッフに人たちに

『私のカフェに来てください』って
誘わないの? 私だったらそう言うけど。」
っと言われ
当時は ピンと来なかった^^;


自分に不信がある間は
「いやいや、今の私には呼べる資格はない」
だの「権利がない」だの思っていました^^;

一体 何の権利で何の資格が必要だったんですかね?^^;



でも 一変
実録を書いた後、


「私、告白した事がない‼︎」
って気がついた時、


「カフェにご飯食べに来てください」
「カフェに来て欲しい✨」


この言葉も
希望何だ💡✨

っと 急に繋がったんです。


希望って
自分の将来の夢とか
七夕の願い事や
誕生日プレゼントで欲しいものをおねだりしたり、
今年の抱負とか目標みたいな感じで
自分の目の先にあって
手の届かないもので
自分で掴みに行くものだと思っていたけど


どうやら
希望って自分の外にあるのではなく
自分の中にあった
ささやかな事。


そういえばいつの間にか
「お母さんに観て欲しい」
そんな気持ちも 諦めていた。

「誰かに観て欲しい。」って思う事が
子供っぽくて、ダメな事で
恥ずかしい事で、みっともないなって
感じがして
自分で諦めた 小学時代を思い出した。


どこか
「誰か 私がやってる事
気がついてくれないかな〜」って
受け身だったなって^^;


ここから人に声かけてもらえる様に
静かに こっそりやってたな^^;



色々と幼少期を思い出し



✨希望は自分を生きる事✨だったんだ


っと気がつき


秘書の小堀さんに
「一度 カフェにごはんを食べに来て欲しい」

っとメッセージを送った。



すると
小堀さん
「今、自分の心に カフェに行きたいか?
っと聞いたら、行きたくないと言っている。

今は、ちなつの気づきをもっと深く落とし込んでからの方が良いと思う。」

っとお返事が📩





不思議✨

今までだと
多分、断られたと
1人落ち込むところが


✨私もそんな気がする✨
✨小堀さんが言わんとする事がわかるぅ✨


っというか
自分の希望を伝えるって言うだけで
自分を叶えるんだなぁ〜

相手の返事に動かされず

伝えた事が
こんなにも自分を熱くするとは💝


ホント 噂通り
希望を伝えるって
相手がどうであれ

自分が満たされるんだ✨


この経験ができるのは
自分が積極的じゃないと経験できないな。

いじけ癖があって
自分に不信があると
全然違う受け取り方をするんだと
ものすごく 違う経験をした。



希望を話すことは
ホント 壮大な事ではなく


ささやかな事。

とても小さな事。


自分の気持ち💝



今日はこうしたいな✨
今はこれが食べたいな
こんなことして欲しいな✨


自分を置き去りにし多分
わからなかった。
こんな大事な事。

自分の気持ちを実況中継するって言うのは
自分の希望を知り
口に出して相手に伝える事なんだなぁ✨