梅雨の時期は、空の様子や温度や気候に敏感になって、私にとっては一番季節を感じる季節かもしれません。
先日は、こんな夕焼けにも逢えましたし。
自然の美しさを感じられると思うと、梅雨時もいいもんですね。
さて、表題の「愛を感じた時って?」ですが
これは先月のコーチング スクウェアで、私が自己紹介の時にだしたお題でありました。
私がリードした先月のコーチング スクウェアの様子はこちら。
みなさんにもお話いただいたのですが、感じて、涙を流す方もいらっしゃったくらい、心が開きます。
私の体験を書いておきたいな、と思いましたので、今日は私の体験について書きますね。
私にその感覚を感じさせてくれたのは、
硝子のお教室の先生の愛犬バーチ君でした。

その日、私は先生のお宅の食卓に上がり込んでおりました。
バーチ君は、いつものように歓迎してくれて、椅子に座っている私の隣にきました。
私は、先生とお話をしながら、よしよしとバーチ君をなでていたのですが、
なでられていたバーチ君が、私の左の大腿に自分の胴体をピタ~とくっつけたのです。
それは、もう、ピッタリと。
ちょうど、椅子の高さと、バーチ君の足の長さが同じくらいで、
私の大腿とバーチ君の身体の長さが同じくらいで、
本当に、ビックリするくらいピッタリとくっついていました。
そうです、私は初めての感覚にビックリしました。
その、ピッタリとくっついた大腿から、
バーチ君の息遣いや、
あたたかさや、
安心して委ねている感じや、
言葉では言い表すことのできない様々なものが伝わってきて、
大げさにいうと、私の大腿とバーチ君の境界線がなくなっているような
そんな感覚がありました。
あ~、これが愛の感覚???!!!!
たまたま、今回は、私は先生の愛犬との間で、その無邪気でそのままの愛の存在を通じててそれを感じた訳ですが、この感覚は覚えておきたいものです。
今読んでいる本にこんなことが書いてありました。
「多くの人は、愛の存在になるために努力しなければならないと信じていますが、これは二元性の中で生きていることを意味します。そこには愛を与える人と、愛を受け取る人がいるからです。自分が愛そのものだと知ることは、それを超越しています。つまり、あなたと私は別々ではないという理解を意味し、もし、私が自分は愛だと気づけば、あなたも愛であるとわかるのです。もし私が自分のことを好きなら、自然にあなたに対しても同じ感情を抱くでしょう」
by『喜びから人生を生きる 臨死体験が教えてくれたこと』アニータ・ムアジャーニ著
私がバーチ君との間に感じたのは、このことだったのかもしれないな、と。
こんな風に自分自身を感じ、私は愛だと気づくことができること。
そして、他の人との境界線はなくなり、だれのことも愛だとわかる。
まだまだ、それが本当にわかるには至っておりませんが、
この感覚を広めていきたいと願っています。
あなたにとっては、愛を感じた時ってどんな時ですか?
自分自身や、周りにいる大切な人を愛するヒントになる感覚かもしれませんよ。
最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

