今日、息子が

「明日、家庭科でご飯作るからお米持っていく」

と言うので



「じゃあ、ご飯とお味噌汁作るんだね。」

と、答えながら

よみがえった記憶がありました。




わたしが小学生の時、

なぜか4,5,6年生とクラス替えがなく

3年間、同じメンバーでした。



先生は5,6年と持ち上がりの先生だったのでしたが

この担任の先生が今、思うと

ちょっとありえないような先生でした。



40代後半くらいだったのかな?

黒縁の眼鏡にポマードをつけた長めの髪

口ひげをはやし、いつもスーツを着ていた

ダンディーといえばダンディーだけど



田舎の小学校には不釣り合いの

個性的な先生でした。



その個性的な先生に

またクラスのメンバーも問題あり

(今思うと発達障害の子も何人かいた気がします)が多くて


いつも1組と3組の先生に怒られ

嫌われていました。



ある日、家庭科の授業で

ご飯とお味噌汁を作る予定になっていました。



でも、その日クラスの誰もがお米を持ってきませんでした。


と、いうことは家庭科の先生は

「お米を持ってきなさい」と言い忘れていたのです。



家庭科の先生はまだ若い女性の先生でした。


けれどガン、としてその事実を認めなかったのです。



担任の先生はあわててお米を買いに行こうとしていましたが

(それにしても40人分です)



家庭科の先生は

「もうこのクラスの授業をしたくない!」

と逆切れして、ボイコット。



おいおい、それはあなたのせいじゃ・・・・

クラスそろってぽか~ん。

たぶんご飯もお味噌汁も作らなかった気がします。



今では考えられないような話しですね。



でもそんなこんなで

クラスの団結力は強くなったのです




今も何かでこの話が出ると

「絶対、あの先生言い忘れていたよね?」

と、口々に言い合うほどです。



そんな問題ありのクラスでしたが

今も親友付き合いをしている友人たちは

この時からの親友。



みんな先生に気に入られ

しょっちゅう先生の家まで遊びに行ったりして

可愛がられました。



わたしの中の何か、を引き出してくれたのも

この先生です。



夢、とか希望

個性を重んじてくれた先生でした。



みんなと同じことをしたくない

変わってる、と言われ続けたわたしに



「そのままでいいんだよ」



と、言葉でなく態度で示してくれた先生と

仲間たちでした。



この土台が今のわたしを作り上げてくれています。



先生もずいぶん昔に亡くなられ

私たちが卒業してから学校も変わったので

もうお会いすることはありませんでした。



でも

先生が教えてくれたもの

引き出してくれたものは

今もしっかりとわたしの中に残っています。





「お米か~」


わたしの二の舞にならないよう

しっかりと息子に手渡したのでした。